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『熊のまどろみ亭』に天火が設置されて、2か月もすると設置に掛かった資金は回収できていた。
しかし、私がいなくなる前に、パイだけではなく他の料理も教えてからでないと十全に天火を活用しているとは言い難い。
天火を買う前に伯父さんにした約束は果たさなければという思いで、出発までの間伯父さんにグラタンの作り方を伝授した。
具材は変えてもいいし、トマトソースを入れてもいい。
でも、ベシャメルソースだけはマスターして貰わないとという事で、ここの所ずっとダマのない口当たりの良いベシャメルソース作りの特訓だった。
まだグラタンはメニューに載せていないので。作ったベシャメルソースでクリームシチューを作っている。
だから、ここのところの『熊のまどろみ亭』のスープはクリームシチュー一択なのだが、人気があるメニューとなっているので問題はない。
フェリシアの家にも出発前の挨拶へ行った。
セレスティーナ婆さんに泣かれてしまったけど、大公様の目に留まったという部分はやはり嬉しい様で王都で頑張る様にと励ましてもくれた。
学校のみんなとはそこまで仲良しさんにはなれなかったと思っていたけど、数か月週末だけでも学校の後に遊んでいたので仲間認定はしてくれていたらしく、離れ離れになることを悲しんでくれた。
ちょっと、いえ、かなり嬉しかった。だって初めての友達だものね。
中身の精神年齢がかなり違うので、少しだけ距離を作ってしまったのは私の方だと思う。
だけど、そんな私でも受け入れてくれたので、本当に嬉しかったよ。
王都へ行っても友達でいようね。
パルマン神父様からは、「学園で学ぶ事は、あなたの将来にとても大きな影響を与えるでしょう。何より大公様が支援されて来た平民は皆一角の人物になっています。ご自分の幸運に感謝し、努力を怠らない様に」との言葉を頂いた。
ランディは折角できた妹がいなくなってしまう事にかなり寂しそうにしていた。
偶には様子を見に来る様にと約束させられた。
それで少し落ち着いたみたいだった。
でも、この世界、旅行というのはハードルが高いのだ。
もし、私が『熊のまどろみ亭』に遊びに来るとしても、もっとずっと先、もう少し大人になってからという事はお互い分かっているので何時までになんて具体的な期限は設けられなかった。
ランディにとっては、約束した事が大事なのだと思う。
それは、お互いまた会おうという意思があるという事だからだ。
私もお世話になった『熊のまどろみ亭』のみんなが元気に過ごしているか気になるし、ランディの『経営』というスキルがどの様にこの店を発展させるのか知りたいし、この店に残したレシピが今後どんな風に発展するのか楽しみなのだ。
絶対、一度は様子を見に来たいものだ。
伯父さんと伯母さん、そして爺さんは「お前がこの店に来てくれて良かったよ。福の神だ」と私が『熊のまどろみ亭』に来て成した事を喜んでくれた。
「俺も、新しい料理を開発してみるよ」なんて、伯父さんもやる気満々だ。
今後は、大公様がお食事をされた店という事で、貴族や裕福な商人なんかが利用してくる可能性が高いので、様子を見ながら少しグレードの高いテーブルや椅子、食器類等も増やしていくそうだ。
あ、カマチョんところの婆さんは、あれから毎日トイレ係をしてくれている。
結構な割合で綺麗なトイレを使いたがるお客が増えて来て、臨時収入であるチップが結構いい儲けになっているらしい。
まぁ、今後、トイレなどは他のお店でも導入するだろうから、トイレが他店へのアドバンテージになる期間は短いはずだ。
ウチの売りはトイレではなく、料理でなければならないという事は皆理解しているので大丈夫だろう。
パイは相変わらずとても良く売れており、私が抜けた後はフェリシアがお小遣い稼ぎにお店のお手伝いをすることに決まっている。
足の悪いセレスティーナ婆さんの負担が増えないかちょっと心配だ。
「弟のオスカルがいるから大丈夫」と、フェリシアは言うけど、本当に大丈夫かなぁ・・・・。
今日、大公様が回して下さる迎えの馬車が来る事になっている。
『熊のまどろみ亭』のみんなと、フェリシアと、ランディのグループの面々が中庭で見送ってくれた。
爺さんの目尻にちょっぴり涙が浮かんでいた。
伯母さんは最後までドーンと構えて「何かあって王都から出たい時には、遠慮なくいつでも戻って来るんだよ」と背中を叩いてくれた。
ほんの数か月一緒に住んだだけだけど、親戚ってありがたいを実感できた数か月だった。
深々と礼をして馬車に乗り、最後ににっこりと笑って馬車の中から手を振ると、「「「頑張れよ」」」とか、「「「元気でねー」」」とか、「「「遊びに来いよー」」」なんて声に見送られながら、王都への道を馬車は出発した。