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「お肉のパイを4つと甘いパイを4つお願いします」
朝食時間が終り調理場は一区切りついた所で、伯母さんとランディは宿の掃除を始めている頃、宿泊客でないお客さんが来た。
つまり、ウチの宿には泊まっていないが、パイだけを購入したい客ということだ。
ウチとしてはここを宿としても使ってもらいたいので、パイは宿泊客を優先して売る事になっている。
以前、大量購入して余所で高値で売っていた人が出たので、最近では一人3つまでと数量にも制限を設けている。
外部のお客にもウチのパイの事は知れ渡っており、お弁当にするのか、おやつにするのか知らないが、パイだけを買って行ってくれる。
特に、貴族はウチの様な中級の宿には泊まらないので、必然的にパイだけを買いに来る事が多くなる。
今、ウチの食堂に入って来たのは、貴族の家のお仕着せらしきものを身に纏った二人と御者っぽい人だ。
一人だと、3つしか売ってもらえないから三人で来たんだと思う。
食堂の扉が開けられた時にちらっと正面に貴族の馬車らしきものが見えたので、恐らくご主人さまから言われて買いに来たのだろう。
最近ではよくこの街道を行き来する貴族とか商人とかが馬車で乗り付けてパイを買って行く。
「肉のパイ4つ、かぼちゃパイ4つですね。まいどあり!」と熊さんが使用人が持って来た籠にパイを入れて渡す。
彼らが店を出て程なくすると馬車が動く音がした。
やっぱりあの人たちは貴族の使用人だったんだなとスムーズな車輪の音で確認した。
共同馬車はクッションのない馬車なので動く時に立てる騒音は貴族の馬車とは段違いなのだ。
さっきの使用人にパイを売ってからそれ程経っていない時に、「いつものパイを下さい」と空のバスケットを持った黒髪のメイドさんが来た。
「いつもありがとうございます」とごっつい熊、いや、伯父さんが丁寧に頭を下げ、彼女の差し出したバスケットに肉のパイを6つ、カボチャのパイを6つ入れた。
このメイドさんのご主人である伯爵は、ゴンスンデとポンタ村の丁度中間に位置した領の領主さんで、頻繁に王都と領地を行き来している。
その度にパイを買ってくれるので、もう使用人さんの顔もよく知っているし、いつも買われる量は決まっているので、使用人一人でも計12個のパイを販売させてもらってる。
「ここのパイはご主人様のお気に入りで、今日も朝から楽しみにされていたんですよ」
「前回はたまたま売り切れで申し訳ございませんでした」
「いえいえ。それはしょうがないですから・・・・。それだけ人気の商品って事ですよ」と笑ってくれた。
この伯爵様がこの街道を通る日は毎月おおよそ決まっているので、その前後2日間は多めにパイを焼いて対応していた。
だから、この前までは伯爵に売る事が出来ないなんて事はなかったのだ。
ただ、前回はいつもと違って急ぎの用で王都へ向かわれた様で、思わぬ日に移動され、余分に焼いてなかったので売り切れになってしまったのだ。
「売り切れはしょうがないって分かってるんですが、でもやっぱりとても楽しみなので、こうやって買えるとホッとします」
「そうおっしゃって頂いてありがとうございます。漸く設備が整ったので、今度からはもう少し焼く数を増やそうと思ってるんですよ」なんて、熊が歯を見せて笑った。
使用人さんもニッコリ笑ってパイの詰まったバスケットを貰って「また、今月末に寄らせて頂きますね」と店を出て行った。
この伯爵様は毎月月末に王都へ行き、1週間くらい滞在した後、自領へ戻るので、日にちの見当がつけやすいのだ。
そして伯父さんが言ってた設備とは、念願の天火の事だ!
パン屋のガストはあまり良い顔をしなかったが、パンはガストの店から買っているので文句はないはずだ。
だけど、ガストはパイをウチと共同で作って自分の店でも売りたいのだ。
でも、パイの開発にガストは全然協力していないので、そんな美味しいところだけかっさらう様な事をウチの熊たちが許すハズもない・・・・。
「アウレリア、午前の休憩に入っていいぞ」
熊さんが私の頭を撫でた。
パイは汁で底がベトベトにならない様に、朝早くから作って焼いているのだ。
だって、客の殆どはお昼ご飯替わりにするためにパイを買うので、その日の朝に焼くのが一番。
となると、私まで朝早くに起きて、パイ焼きを手伝ったりするのだ。
当然、昼食の準備の前に疲れが出てしまうので、午前中もベッドでゴロゴロタイムを設けてもらってるのだ。
だって、5歳児なんだもん。
体力ないんだもん。
「アウレリアのお陰で、ウチの店は安泰じゃのぉ」と爺さんにも頭を撫でられ、ニッコリ笑顔を振りまいて自室へ戻った。




