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「ねぇ、家畜小屋を見てもいい?」
「いいけど、何をするの?」
「うんとね、いつもウチの宿屋で出す美味しい材料を提供してくれてありがとうって動物たちに言って来ようかなって」
「ああ、リアのいつものアレね。今日はまだだったのね」
いつもはフェリシアの家の戸を叩く前に、畑や家畜小屋に寄るのだが、今回は庭で遊んでいたオスカルに見つかったので、「お姉さんは家にいる?」と話し掛けたところ、トトトトッと家までフェリシアを呼びに行ってくれたのだ。
それで順序が変わってしまったのだ。
ちなみに私が毎回畑と家畜小屋に行っているのは、フェリシアたちも知っている。
何度か偶然にスキルを使っているところを見られたからなのだが、スキルを使っているかどうかは傍から見たら分からないらしい。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
「気を付けて行っておいで」セレスティーナ婆さんが、私とフェリシアのやり取りを横で聞いていて、優しく声を掛けてくれた。
母さんの子供の頃にそっくりな私が可愛くて仕方ない様で、偶に母さんの名前で呼ばれたりもする。
私が何をしているのか気にしてくれているみたいで、他の人と話していても、独りで何かをしている時も、結構見てくれているみたい。
「行ってきまーす」
フェリシアの家を出て左に進むと、レンガ造りの部分が終り、木造の建物になるが、ここが家畜小屋だ。
住居に併設すると臭いが気にならないのかな?と思ったけど、家畜泥棒対策で同じ敷地内、それも住居の横の方が何かあった時、異変を察知しやすいから今の形になってるそうだ。
流石に、臭いを出来るだけ軽減するため、掃除は行き渡っている。
糞なんかは、畑の端まで運んで所謂コンポスト処理の様な事をやっている。
まずは鶏に『食材育成』スキルを発動しながら、『健やかに育て。美味しい卵をたくさん産んで』と願いながら触ると、鶏は逃げない。
スキルの発動無しに近づけば、鶏は逃げ回るのに、スキルを理解しているのか、それともスキルの強制力が働いているのか・・・・。
4頭に増えた牛にも『食材育成』スキルで、『健やかに育て、美味しい牛乳をたくさん出して』と願いながら触った。
これで何らかの変化が出るかどうかは、私には確認のしようがないけど、悪い影響はないだろうからと、全頭にスキルを掛けていった。
あ、しまった。1頭は雄だから牛乳は出ないや。あははは。
まぁ、『健やかに育て』の部分は問題ないでしょう。
次に、麦畑の誓への依頼で入手した事にして、しょうがとか、茶の木、甘いかぼちゃ等を植えてもらっているので、そちらの畑にもスキルでいろいろ実験しておいた。
「ただいま」
「「おかえり」」
「・・・・」フェリシアの弟は未だに直に話し掛けてはこないけど、挨拶の時は一応はこちらを見ているので、歓迎の気持ちはあるらしい。
「鶏はどうだった?」
「みんな大人しいね。牛さんものんびりとしてて、なんか可愛かった」
「世話をしなくちゃいけなくなると、可愛いなんて思えなくなるんだけどね」
フェリシアはウンザリした顔をした。
「んー。でも、どの子もとっても良く手入れされていて、厩舎もとても清潔だった。心を込めてお世話してる事は見れば分かるよぉ」
「もう。アウレリアは、いっつも良い子の発言ばっかし」とフェリシアは怒った様に言うけど、口の端がヒクヒクしてて、普段の努力を認められたのが嬉しいのが丸わかりだよぉ。
「あ、そろそろパイを作らないとだから、私、帰るね」
「いつも持って来てくれるパイは美味しいねぇ。アウレリアが考えた料理だって聞いたよ。小さいのに、すごいねぇ」と婆さんが頭を撫でてくれた。
「ありがとう!婆さん、また今度来る時も持って来ますね」
「いやいや、気を遣わないでおくれ」
「うん!持って来て」とフェリシアが婆さんに被せて言うと、弟も無言でウンウンと頭を縦に振っていた。
「しかし『熊のまどろみ亭』も、お前が来てから売上げがぐんと上がったらしいし、珍しい料理が次々と出て来て、本当に勢いがあるねぇ。お陰で家も家畜が増えたり、畑が広がったり、何より現金収入が増えて助かってるよ。ありがとねぇ」
「いいえ。いつも突然、これが欲しい、あれが欲しいって、作ってもらったり、育てて貰ったり、助けてもらってるのはこっちです」とにっこり笑うと、また婆さんが頭を撫でてくれた。
さぁ、最近人気のパイは何度も焼かないといけないので急いで帰らないと。
「また来ますね」
「はいよ。またおいで」
足の悪い婆さんが歩かなくて良い様に、揺り椅子の所まで行って、ほっぺにチュをして、フェリシアの家を出た。




