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蓋をしたフライパンから出ている音に真剣に耳を傾ける。
アワビは火を入れすぎると固くなるから、火から引き上げるタイミングが大事なのだ。
もちろん鑑定を使ってベストなタイミングを計っているが、音からもいろんな情報を得ることができるので、こんなに人がいる調理場で必死に耳を研ぎ澄ませる。
今、城の調理場を借りて、アドリエンヌ様のお輿入れの晩餐会の料理を作っている。
学生だった時、晩餐会のケ―タリングをしたのと同じ場所だ。
でも、今の料理長はあのイケズではないし、私たちに手を出してくることもなく、自由に調理場を使わせてくれる。
前回の時は大変だったからねぇ。
メグは明日の朝ゴンスンデに帰る予定で、今回の王都訪問のクライマックスはやっぱりアドリエンヌ様に会うことだ。
会うといっても給仕としてなんだけどね。
「リア!何か手伝うことない?」
「メグ、お願いだから椅子に座ってて。ウェディングケーキはメグに運んでもらうから、大人しくしててぇ」
お腹が大きいのにソワソワと落ち着かず、なかなか大人しく座っていてくれないメグがちょっと心配だ。
明日は長旅が待っていることだし・・・・。
アドリエンヌ様に早く会いたくてソワソワするのは分かるけど、メグの体調も心配なんだよぉぉぉ。
元あややクラブの平民メンバーもユーリを除いて全員城に来て、給仕の制服を着ている。
前菜から始まり、一人一人、一度はアドリエンヌ様に皿を配膳する様にしているんだけれど、私は料理をするだけで、アドリエンヌ様の顔を見るのは隠れてそっと見ることにした。
だって、彼女が学生時代恋していたユーリと結婚してしまったという負い目があるんだよね。
私は死にかけていたユーリを救ってくれたアドリエンヌ様にとても感謝している。それはもちろんユーリもだ。
学生時代、身分の違いがあり少し離れた距離感ではあったけれど、友達として大切に思っていたし、彼女も私たちを大切にしてくれていたことを知っている。
でも、その後、無気力になっていたユーリを励まし、新聞社を立ち上げ、何度となく会いに行き、料理を作り、一緒に食べることで、気持ちがユーリに沿うようになってしまった。
私たちが結婚したことに対するアドリエンヌ様の気持ちを慮ることを、今迄してこなかった。
だって、ユーリはもう彼女とは身分というもので引き裂かれているし、貴族の女性は自分で結婚相手を選ぶことは滅多にできないし、お家のために誰かに嫁がされるのが分かっていたから・・・・。
でも、先日、セシリオ様が呟いた一言で、もう一度アドリエンヌ様の気持ちを現実味を持って思い出したのだ。
「アドリエンヌは別にユーリのことは気にしていないんじゃないか?親が結婚相手を決めるのは幼い頃から分かっていただろうし。何より今のユーリは貴族ですらないから、相手に選ばれることはないからね」
恐らく、この言葉はユーリや私がアドリエンヌ様にあまり気を使わないようにと発せられたのだと思う。
でも、その言葉で、学生時代、どんなにアドリエンヌ様がユーリ、いえ、当時の闇王様に思いを寄せていたのかをまざまざと思い出させられたのだ。
男どもはその辺の気持ちの機微に無頓着だったけど、メグと私はそれを聞いて顔を見合わせてしまった。
学生時代、アドリエンヌ様がユーリとの婚約をどんなに喜んでいたか、その喜びを必死に抑えて如何に貴族令嬢らしく振舞っていたかを思い出すと、ノコノコと彼女の前に顔を出すのが躊躇われたのだ。
だから、私は物陰からこっそりアドリエンヌ様の顔を拝見することに留めることにしたのだ。
もちろん、料理の方は全力で作らせてもらうよ。
「これは美味しいですね」
「火加減と言い、このソースと言い、絶品ですな」
「ステーキがこんな熱々で出て来るとは思いませんでしたよ。父上」
「お姉様、今回の料理はとても手が込んでいて、美味しいですわね」
プロの給仕ではない元あややクラブの面々が対応していることもあり、次の料理を出すタイミングを計るためと、アドリエンヌ様の顔をこっそり見るために、王様とアドリエンヌ様、そのご家族が食事をしていらっしゃる部屋の戸口に近づいたら、そういう会話が聞こえてきた。
「ええ、この料理は私の友人が腕によりをかけて作って下さっていますの。学生時代からとても美味しい料理やお菓子を毎日にように作ってくれていたのですよ」
アドリエンヌ様がそう答えてくれているのを聞いて、思わず涙が一粒零れてしまった。
本当はもっと泣きたかったのだけれど、料理をしなくてはならない。
プロ根性を出すのは今だ!そんな気持ちでなんとか一粒に抑えたのだ。
ああ、良かった・・・・。料理を喜んで食べて下さっている。
さぁ、仕上げのウェディングケーキをメグに運んでもらわなくっちゃ。
妊婦さんには重たいから、三段のホールケーキを運ぶのは勿論ランディたち、男手に手伝ってもらわないとね。
「おおお!これは見事なケーキだな。色もすばらしい」
王様の声がそう言った。
メグが一人用に切り分けたケーキをアドリエンヌ様の前にそっと置いた。
親子ほども年の離れた王様の横に座っているアドリエンヌ様は生花や宝石で頭を飾り、豪華な白いドレスを着ていて、肩から腰に掛けてワインレッドのサッシュを流すように着込んでいる。
ああ、神々しい。貴族令嬢らしく凛としているよ。
貴族の作法として給仕の方を振り向かないのが当たり前なので、アドリエンヌ様も王様の方をみたり、前を見たり、皿に目を落としたりしていたが、部屋の反対側でケーキを切り分けているメグにしっかり視線を持って行ってたのは知ってる。
そしてメグのお腹の辺りを見てほんの少し驚いた表情になったけれど、直ぐに笑みに変わっていた。
最後のケーキも終わり、いよいよ退席か?と思われた時、徐にアドリエンヌ様が王様に話掛けた。
「陛下。今夜の料理は友が作り、給仕してくれました」
「ああ、聞いているよ。今を時めくホテルのオーナーが君の友人とは、良い人脈を持っているな」
そう言われてアドリエンヌ様は真直ぐ王様を見て、「はい」と返事をした。
その晴れやかな表情を遠目に見た時の私の気持ちを誰が想像出来ただろう。
彼女の誇らしげな表情を見ることで、心底嬉しくなった。
元あややクラブの皆のことだけでなく、未だに私やユーリも含めて、友と思っていてくれているんだと分かった。分かった瞬間、また涙が零れそうになったけれど、ぐっと我慢をする。
だって、今夜は私たちの友の晴れ舞台なんだもの。涙で湿っぽくしてはいけない。
「陛下、今日の料理を作ってくれた料理長を呼んで、料理の感想を言いたいのですが、お許し下さいますか?」
「ん?もちろん良いとも」
戸口に隠れていた私に、メグが呼びに来た。
腰を少しかがめて王様とその横に座っているアドリエンヌ様の斜め向かいに立つ。
「美味しい料理をありがとう。いつ食べても美味しいけれど、今夜の料理は特別に美味しかったわ」
ああ、彼女はこんな時にまで気を使ってくれて、顔を出さない私の気持ちを汲取り、自分から呼んでくれたんだと分かる。
本当に素敵な女性だ。
「ご入内の栄、心よりお祝い申し上げます。身に余るお言葉、誠にありがとうございます。今後の励みになります。・・・・陛下と妃殿下の末永いご健勝とお幸せをお祈り申し上げます」
なんとかシェフとしての体裁を保ちつつ、本当に言いたかったのは最後の言葉。直接話す機会があるのならば、どうしても伝えたかったのだ。
直接目を見て話す訳にはいかず斜め下を見ていた私の目に、アドリエンヌ様のサッシュに飾りとして付けられているユーリのお母さまの指輪が目に入った。
ああ、許してくださっている!
そう思うともう涙を抑えるのが難しい。失礼にならないように場を辞し、調理場へ戻ってから泣いた。
そんな私の背を同じく戻って来たメグが摩ってくれた。
ああ、アドリエンヌ様、どうか、どうかお幸せに。




