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「エイファ。あのね、お話があるの」
「なぁに?姉さん」
「大事なお話だから一人でウチに来て欲しいのよ」
「大事な話?」
「そう」
エイファは怪訝そうな顔のまま、黙り込んでしまった。
通常ならウチへ遊びに来てなんて言おうものならテンション高めになり、ローマちゃんも一緒にいいかとか、食事も出るのかとか色々聞いてくるのだけれど、今回は不思議な事に何も聞いて来ず、何か悩んでいるっぽい。
「今夜か明日の夜、ウチで夕食を一緒にどう?」
「う~ん・・・・」
「どっちの日も都合がつかない?」
「え?いや・・・・都合は問題ないんだけれど・・・・」
エイファは目を合わせない。
私が何をエイファに話そうとしているのか大体の見当が付いているのかな?
「何かエイファにも思う所がありそうね。これはもう今話しちゃった方が良いかしら?」
そう水を向けると、しばらく悩んだ後に頭を縦に振った。
私はダンヒルさんにエイファの上司であるマージさんへ早引けさせる事を伝えてもらいつつ、エイファを連れてその足でホテルの庭を通り、私の家へ。
う~ん、エイファの表情がめっちゃ硬いなぁ・・・・。
メイドのタバサにお茶の用意をお願いし、一旦居間へ移動する。
向かい合わせのソファに座り、ストレージからガラスの蓋付ボンボニエールを取り出した。
中身は私のスキルで造り出した地球のパティシエが作った様な小さく綺麗なチョコレートだ。
そんな事をしていると、メイドがお茶を持って来てくれたので、エイファに薦めた。
普段なら喜ぶであろうエイファはまだ黙っている。
「エイファ」
ちょっと強い感じの声になってしまったので、エイファははっとこちらを見上げた。
「あなたも、何か思う所があるのでしょう?恐らくあなたは友達のローマちゃんの事を心配しているのね?」
エイファの肩がピクっと動いた。
やはりそうだ。
職場でのローマちゃんについて色々エイファの耳に入って来ているのだろう。
「今日の大事な話は、ローマちゃんの事なのよ。あなたのお友達だから、今現在の彼女の立場とか、今後の展開について先にあなたに話しておきたいの。こういう事は本人に先に言うのが礼儀だとは思うけれど、今回に限っては、ローマちゃんが職場であなたの友達だと言う事を強調して回っているから、あなたも無関係ではいられないと思ったので、特別にあなたに先に話す事にしたの」
エイファはこちらを見ていた顔をまた俯けた。
でも、そんな事に構ってはいられない。
ローマちゃんの事は本人とその友達であるエイファ、そしてローマちゃんの働く部署の人にとっては大事な事だろうけれど、ホテルのオーナーとしては一従業員にすらなっていない、ただの研修員の進退と言うだけの話なのだ。
仕事は他にもたくさんあり、ローマちゃんの事だけに時間を割くにしても、そんなにゆったりと割けるわけではない。
「先日、ローマちゃんの上司であるシンバメイド長とローマちゃんとで今後について面談してもらったのね。彼女が職場であなたの友達である事を吹聴して回っているのはそこまで大きな問題ではないんだけれど、若くて見目の良い男性客にだけ目に見えて親切にするのは大きな問題なの。接客業としてそれは絶対にやってはいけない事の一つなのよ」
エイファは相変わらず俯いて何も言わない。
「ウチは高級を謳っているホテルなの。ちゃんとした接客が出来ない人はメイドと言えどお客様の前に出すわけにはいかないのは分かるよね?」
エイファは黙って頷いた。
「私としては首を切る前に、お客様と全く接点のない職場に配置換えをするしか彼女をウチで働かせてあげる方法が無いのよ。裏方も嫌となると、研修の途中であっても彼女の受入を放棄するしかないの。それは、彼女も知っているの。それに彼女の将来を考えても判断は早くした方が良いと思うの」
エイファは相変わらず無言で下を向いていると思ったが、しばらくすると顔を上げ、「姉さん、ごめんなさい。ローマは良い子なんだけど、やり方を間違ったままずっと研修を続けていて、今更自分を変える事ができないみたい・・・・」と必死の目で訴えて来た。
「そうねぇ。ローマちゃんが悪い子って言っている訳ではないのよ。彼女はあなたの友達だから、私だって良くしてあげたいんだけれど仕事は仕事だから。こういう客商売で従業員の仕事の評価は上司だけでなく、お客様からも上がって来るのよ。男性と女性で接客態度が違えば、当然お客様の中には不満を持つ方も出て来るしね。だけど、先日の面談で、ローマちゃんは自分の接客態度を変える気が無いと言っていたので、裏方にならない限りはウチでは雇えないのよ。だけど彼女は裏方は嫌だと言ったの。1ヶ月は様子見をするけれど、このまま彼女が態度を改めないのなら、彼女の研修をウチで続ける事はホテルの損失になるの。あなたのお友達だから、そういう選択をローマちゃんに突きつけた時、あなたとの友情に皹が入るのではないかと言うのを私は一番気にしているんだけれど、かと言ってこれは仕事だからそういう私情を優先する事も出来ないの・・・・」
「・・・・うん・・・・」
「今日、話があるって言った時、エイファは乗り気じゃなかったよね?それってあなたの耳にもローマちゃんの事が色々入っているんじゃないの?」
エイファはまた無言のまま、固まっている。
「エイファ。ごめんね。仕事の事で友情に皹が入るかもしれないけれど、ごめんね」
しばらくしてエイファは無言で頷いた。
その俯いた頤から水滴が2~3粒零れ落ちた。
私はエイファの方のソファに移動し、エイファの背中を優しく撫でた。