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「シンバさん。お呼びですか?」
「ええ。ローマさん、ここへ座って下さい」
会議室を用意してその横にある布製のパーテーションで区切られた小さなパントリーにランビットと一緒に隠れつつ、王都店メイド長のシンバさんとエイファのお友達ローマちゃんのやり取りを聞くために耳だけはしっかりと会議室へ向けている。
オーナーなので私が同席しても良いのだけれど、ここはシンバさんの職務範囲だし、エイファの親族である私が同席してもローマちゃんへあまり良い影響を与えないと思ったので控えたのだ。
でも、エイファのお友達なので、実際のローマちゃんの職場での態度や考え方などを知っておく必要性は高いと思うんだよね。
首にするにしても、他の部署に配置するにしても、今のままにするにしてもだ。
だからシンバさんには了承してもらって耳だけパラボラアンテナ状態にしているんだよね。
「ローマさん。ここでのお仕事についてあなたはどう考えていますか?」
「お仕事ですか?そうですね。私は人とコミュニケーションを取るのが好きなので、好きな仕事ですね」
「と言う事は、これからもメイドを続けたいと言う事でしょうか?」
「はい。と言うか、この面談が研修終了後についての聞き取りですか?それならば、是非メイドとして雇ってもらいたいですっ」
シンバさんは少しだけ間を開けて、「そうですね。研修期間が終る頃には研修員全員に聞き取りをしたいとは思っていますが、今日あなたを呼んだのは、少しお話をした方が良いのではないかと思ったからです」と核心に一気に話題を寄せて行った。
ローマちゃん自身も思う所があったのか、少し俯いて考えた後、思い切った様に口を開いた。
「それは私がエイファと友達だと職場のみんなに吹聴している事に対する注意ですか?」
「そうですねぇ。ここは仕事場なので、オーナー一族と特別な関係であると言うのは不用意に口にして良い情報とは私には思えませんね。第一、あなたがそれを口にしたのは、職場のみんなから特別な目で見られたいからではありませんか?」
「・・・・」
シンバさんは微かに声を和らげて、「まぁ、その事はそんなに問題じゃありません。オーナー一族の友達であると知られたとして、その情報はかえってあなたを同僚たちから遠ざけてしまい、あなたにとっては負の材料にしかならないと思います。自分の口から出た言葉の影響を受けるのは、周りと言うよりもあなた自身だと私は思いますよ」
ローマちゃんは眉を顰めているのだろう、幾分固い声で「なら、何故、私はここへ呼び出されたんでしょうか?」と言いながらシンバさんを見上げた。
「そうですね・・・・。あなたは仕事中、先輩や私から色々と注意を受けていると思いますが、繰り返し注意されている事が何かちゃんと分かっていますか?」
「・・・・イケメンに対する態度とそうじゃない人への態度が違い過ぎると良く叱られています・・・・」
「そうですね。あなた自身にその自覚がありますか?」
幾分おっとりした様に聞こえる声音と速さで話した後シンバさんがローマちゃんを見守っている。
でも、ローマちゃんは直ぐには口を開かない。
少し時間を掛けて、このまま黙っていればそろそろシンバさんが口を開きそうなタイミングで漸く言葉を紡いだ。
「自覚はないです。でも、身なりの良い人とそうで無い人が居た場合、どんな人だって身なりの良い人の方に良くするのは当たり前じゃありませんか?」
「そうですね。あなたがその方たちと職場ではなく、町中で知り合っただけならそれでも問題は無いですし、あなたが言う様に一般的に人は身なりの良い人に良い態度をとる事が多いでしょう」
ローマちゃんはシンバさんが自分の意見に賛成してくれたと思ったらしく、パーテーション越しにも元気よく頭を縦に振っているのが感じられた。
シンバさんはローマちゃんが膝の上で重ねていた手に自分の手を重ね、「でもですね。私たちの仕事は接客業なのですよ。お客様である限り、どなたにも同じ様に接するのがプロなんです。男の人と女の人で対応が違ってはいけませんし、良い服を着ていようが、安い服を着ていようが、ウチのホテルに来られたお客様は皆同じ様に対応します。ましてや若くて恰好良い男性が来たとして、それは私たちには何の意味もない事です。まぁ、ドアマンがいるのでそんな事はあり得ませんがボロボロの服を着た貧民街の人がお客様として来店されたとしても、ハンサムな貴族男性と同じ対応をしなくてはいけません。あなたにその意味が分かりますか?」
「で、でも、シンバさん!私はどの人のお部屋もキチンと掃除していますし、呼ばれればちゃんと頼まれた物を持って行っています」
「そうですね。そう言う意味ではちゃんと仕事をしていますね。でも、若くて見目の良い男性には無条件で笑顔を振りまき、お年を召した女性には愛想が無いと言うのでは、このホテルの観点からはちゃんと仕事をしているとは言えません」
ローマちゃんは自分が客によって接客態度を変えていると言う自覚が無いのだろうか?
シンバさんが言葉を尽くして説明しても、自分はちゃんとやっていると言う意見を翻す事は最後まで無かった。
「ちょっと落ち着きましょう。お茶を淹れますね」とシンバさんが会議室付きの私が隠れている小さなパントリーに入って来た。
私は無言で首を横に振ると、シンバさんは頭を動かさず目だけを軽く閉じて、私の意思が伝わった事を表現した。
お茶セットをトレイに載せ席に戻り、ローマちゃんへお茶を注いであげたシンバさんは、今までよりも更に落ち着いた声で、「お飲みなさい」と淹れたばかりの紅茶を自分も一口飲んだ。
そして一息ついた所で、「もう一つ質問があります。あなたは、このホテルで接客以外の仕事をする気はありますか?」とローマちゃんへ聞いた。
いつも拙作をお読み頂き、ありがとうございます。
感謝の気持ちでいっぱいです。
アップ後、本話を読み返すと、推敲し過ぎて何度も訂正を入れた結果、変な文章になっている所が数か所見つかりましたので手直しをしております。
筋は変わっておりませんのでご安心下さい。
これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。




