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「いやぁ・・・・俺にちゃんとホテルの統括が出来るかどうか・・・・」
お酒と会話が進んでいく内に、ランビットが抱えている不安が表に出て来た。
徐々に私の仕事をランビットに移行している心算なのだけど、彼にとってはその移行のリズムが早すぎると感じているみたいだ。
「でも、ランビットは仕組みとか考えるの好きじゃないか。俺は十分出来ると思うし、今もちゃんとやっているからホテルが問題無く動いていると思うけどなぁ」
「フェリーペの信頼はありがたいけどさぁ・・・・仕事の範囲が広すぎて俺、自信ない・・・・」
「じゃぁさぁ、調味料工業団地とか、ポンタ村のグランドキッチンや倉庫、お土産製造なんかをホテルの業務から引き離したらやりやすい?」
本当は全ての業務をランビットにやってもらいたいけれど、こんなに憐れな雰囲気で酔っぱらっているのを見ると、思わず私の口からブートキャンプの内容変更案が出て来てしまった。
実際にランビットがホテル業だけを担当するとなると、他の業務を担当する責任者を探さなくちゃいけなくなるので大変なんだけどなぁ・・・・。
「リアはさぁ、一人でそれだけやってるわけじゃん。俺がそれを出来ないって言うのもしゃくなんだけど、でも、問題無く全部やれるかどうかって言われると、自信はないんだよ・・・・」
皆、ランビットの抱えている不安をおかずにどんどんお酒が進んでいる。
もちろん彼を心配もしているんだけれど、誰もがランビットにはホテル全店舗を統括経営する力があると思っているので、彼の愚痴を聞いていてもどこか余裕がある。
結局、ホテルだけを担当してもらう事にし、ビジネスホテルや調味料工業団地やグランドキッチン等は別の支配人を立てる事にした。
ビジネスホテルはナイトル村店の現支配人を社長に昇格し、ナイトル村店は従兄のパンクに支配人を任せてみようかな。それがパンクやスティーブ伯父さんの当初からの希望だったしね。まだパンクだと力不足だと思っていたから二の足を踏んでいたんだけれど、そうも言ってられないしね。
調味料工業団地はランビットでなければノエミしかいないし、倉庫はノエミの旦那様でもあるゼットだね。まぁ、不真面目君のゼットには一抹の不安が無いとは言えないけれど、アレで仕事は出来るからねぇ。
グランドキッチンはレストランと併せて父さんにお願いしたいし、お土産製造なんかは私がそのままやっても仕事量は少ないので大丈夫だと思う。
ナンクロなんかの雑誌部門はマルコ書房さんに、そしてサッカーチームやテーマパークはひよこイベント商会に委託でもいいかも。
全ての業務の報告は逐一私の所へ入るので、今とそんなに違わない体制で運営できるけれど、出張は減らす事が出来るので私としても楽になる。
ただ委託したり、ランビットたちに任せたりできれば、細かな判断なんかは彼らにお願い出来るので、私の仕事量は可成り減るはず!うん、きっとそう!ふふふふ。
「かぁーっ!こんだけ美味しいお酒なのに、どうして俺は愚痴を言ってるんだぁ?」
ランビットはとうとう本当に酔っちゃったんだろう。
「はいはい。心配しなくてもお前なら大丈夫だと思うぞ。此奴も会社から手を引いて引退する訳じゃないから、此奴と相談しながら運営してくれ」とユーリに言われて、「そりゃぁ、分かってるんですけどねぇ・・・・。うううう」と未だに「任せて下さい」の一言がランビットの口から零れては来ないけれど、やれば出来る子なのできっと大丈夫。
「ところでセシリオ様はユーリ様の新聞社のお仕事だけでなく、ご自分で事業を始められるって伺ったんですけど?」
「そうなんだよ。モードの仕事をしようかと思って」
ランビットの繰り言から逃れる様に、フェリーペがセシリオに話を振ると、自分の事業の話をしたくてウズウズしていたらしいセシリオ様が滔々と話し始めた。
セシリオ様はユーリのファッション雑誌、またの名をゴシップ雑誌のお仕事を手伝ってくれているのだけれど、その仕事で培った上流社会との繋がりを活かしてドレス等を売りたいそうだ。
で、雑誌や新聞の役割に興味があるので、ユーリのファッション雑誌の数ページを購入して自社の商品の広告を打ちたいそうだ。広告の手法って言うのを突き詰めたいんだって。
う~ん、話を聞いているとモード関係のお仕事に限らず、広告会社としていろんな商店の広告を扱った方がセシリオ様的には面白いんじゃないかなと思ったけれど、彼の中でモードとはイメージが命らしい。
だから他の商品よりも広告の効果を実感しやすいとのこと。
で、広告した商品は何でも良いのではなく、自分がちゃんと納得した商品が良いとのことで、だから自社製品を売り出したいとのこと。
「なら、セシリオ様がドレスのデザインを考えるんですか?」フェリーペはセシリオ様の事業に興味津々の様子。
「いや、デザイナーは一人雇う心算だ。もちろん、デザイナーとはどんなドレスを打ち出すかについての会議は持つし、私の意見も取り入れたデザインにしてもらう心算さ」
「でも、デザイナーって結構芸術肌と言うか、自分の感覚が一番上くらいに思っているから他人の意見を取り入れてくれますかねぇ?」
「フェリーペの言う事も分かるけど、もともと貴族のドレスはデザイナーが貴族の館まで出向いて対面で客の意向を反映しながらデザインを決めるのが普通だろう?オーナーである私の意見を入れるのは大丈夫だと思うよ」
「なるほど~」
今度はセシリオ様の新事業の話で盛り上がり、おつまみもほぼほぼなくなりそうだ。
ボブとランビットが買って来てくれたフルーツを出すなら今だろうと、そっとキッチンへ立ち、見栄え良くカットし並べられた銀盆を持ってバーコーナーに戻るとランビットは潰れて眠っていたが、残りのメンバーは楽しそうに事業の話を続けていた。
夜も更けた頃、漸くお開きとなった。
楽しい時間だった。
「美味しかったです。次回は美味しいお酒を私たちも持って来ますね」とエリカの挨拶を皮切りに、みんなも「美味しかった」「楽しかった」「また集まろう」と言う言葉を交わし、ボブがランビットに肩を貸しながらそれぞれの馬車に乗って帰って行った。
「こういう集まりは楽しいな。毎週やりたいな」
「ええ、毎週やりましょう」
みんなが帰って少しガランと感じる家の中で、ユーリと私はこの楽しい時間を頻繁に持とうと決めたのだった。




