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「♪リンゴ~ン」
「あっ、フェリーペたちかな?」
「そうじゃないか?」
「あ、僕はそっちのでお願い」
先に来ていたセシリオ様が、パティオに面した大きな両面ガラス戸横のバーコーナーで、ラム酒を指さした。ここのお酒全般は調味料工業団地で作っているものではなく、私のスキルで呼び出したものなので、ラム酒も私の前世の記憶として覚えていたラベルがズラっと揃っている。前々世ではお酒を飲んだのはお屠蘇くらいだけれど、前世はウワバミと呼ばれていただけあって、スピリッツまでちゃ~んと記憶にあるのだ。
ユーリが指を1本?2本?とセシリオ様に向けて示しているのを横目に、40代のメイド、タバサが来客を迎えに玄関の方へ行く音が聞こえた。
彼女は多少年長なので常に落ち着きがあって家の中に居ても普段は空気の様で、必要な時には指示を出さなくても対処してくれている事が多い、貴重なメイドさんなのだ。
セシリオ様は指を3本突き出し、「例の黒いシュワシュワで割って欲しい」とクーバリーブレをご所望だ。つまり、ラム酒をコークで割った物で、指はグラスに注ぐラム酒の量を示しているので、結構強いカクテルになる。
私はチピロネスと言う小型のイカに詰め物をして揚げたおつまみを用意するため、タバサと入れ違いにキッチンへ。
既に下準備はしてあったので、直ぐに揚げて丁寧に油切をして直ぐに熱々の所をバーコーナーへ持って行くと、間髪入れずにセシリオ様の手が伸びて来た。
ウチのバーコーナーはホテルのラウンジかと思うくらい雰囲気があって、尚且つ大きな歪みの無い窓ガラスから見えるライトアップされたパティオを見ながら飲めるのが良い感じなのだ。
バーコーナーと呼んでいるけれど、細長い部屋の端にバーカウンターがあり、程よい距離をあけてソファーが設置され、更にその奥にビリヤード台が1台、そしてその横の壁にダーツが掛けられている。
今度カードゲームも出来る様にソファやカウンターとは別にゲームテーブルも設置する予定だ。
純粋なお客様なら別だけれど、今夜の様に元あややクラブの気心の知れた面々が集まる時には、応接間ではなくこのバーコーナーを使う事が多い。だって仲間との秘密基地って感じだもんね。
バーカウンターは深く落ち着いた色の木で出来ており、勿論背の高いスツールも4つある。
お酒が並ぶ棚の壁は赤レンガ。照明を暗めにしている代わりに、お酒の瓶がズラっと並べられた3段の棚自体に照明が嵌め込まれており、下から瓶の中身をほのかにライトアップできる様になっているし、それらを全部消灯して横の壁際に設置されたスタンド型のライトの温かい灯だけにしたり、天井に付けたピンスポットの照明でムードを出したりと、ユーリと二人で自分たちの好みを100%反映したムーディなバーコーナーを作ったのだ。棚を照明にしたので、部屋が薄暗くても本当に落ち着いて飲める自慢の部屋なので、お客様が来ると見せたくなるんだよね~。
ソファーは暗めの落ち着いた部屋の雰囲気を壊さない深い緑色の皮で、コーヒーテーブルは箱状の色付き曇りガラスで下から淡くライトアップできる様におしゃれにしてるよ。天板のガラスには落ち着いた色がついて、しかも淡いライトの光が曇りガラスを通して見えるので、下を向いても直接ライトの射す様な光が目に入ってくる事は無い。
パティオには大きなガラス戸から外に出られて、バーコーナーからはちょっと死角になるあたりに足湯を設けているので、偶に足湯パーティなんかもしちゃっている。
これが結構みんなに受けているんだよね。
ホテルだと他人の足が浸けられたお湯に自分の足をと言うのは、一人一人お風呂のお湯を張り替えるこの世界では受け入れられないが、自分の家でお友達となら話は別だ。
本当はプールもいいかなと思ったんだけど、水着がね。まだ、無いんだよね。
だから足湯。
「うわぁ、綺麗!」
フェリーペの奥様、エリカがパティオを見て感嘆の声を挙げた。
パティオの庭木は父さんの渾身の作なのだ。
彼女は応接間や来客用の食堂には来た事はあるけれど、バーコーナーはまだだったので、入口の対面にあるパティオに見とれている。
「「「いらっしゃ~い」」」
「おじゃましま~す」
「お招きありがとうございます」
ユーリと私に合わせて、セシリオ様も一緒に「いらっしゃい」の声。
これは完全にウチを第二の自宅とでも思っていそうだ。
人が集まる家って素敵だなぁと思うので、そういうの実は嬉しい。
「ボブはまだなの?」
フェリーペの一番仲良しさんはボブなので、開口一番ボブを探したみたいだけれど、ボブはランビットと一緒にフルーツと花を買いに行ってくれているのだ。
「お土産は何が良い?」と聞かれたので、私から出したリクエストだ。
お酒にはカットフルーツも合うからね。
「二人はお使いに行ってくれてるから、直ぐに戻るはずだよ。まぁ、座ってくれよ。今、リアがおつまみを色々作って来るから」
ウチの旦那様に促されて、フェリーペ夫婦がソファに座り、スツールに座っていたセシリオ様も自然とソファへ。
「飲み物を作るけど、何がいい?」
私がツマミ担当なので、いつもお酒はユーリの担当なのだ。
「あ、セシリオ様が飲んでるのは何?」
「これ?クーバリーブレって言ってラム酒と黒のシュワシュワのカクテルさ。強いけど甘いよ」
「ふ~ん。じゃあ俺、辛口がいいなぁ」
「なら、ウイスキーのソーダ割はどうだい?」
「じゃあ、それでお願いします」
またユーリとフェリーペの間で指サインが始まった。
指2本ね。
「お前は甘いのがいいの?それとも辛口?」
フェリーペがエリカを気遣う所ってあまり見た事がなかったのでちょっと新鮮!
案外自宅で二人きりの時は、こんな風にフェリーペが甲斐甲斐しくエリカに気を使っているのかも?
「甘いのがいいかなぁ~」
「じゃあ、ユーリ様。甘いけれどあまり強くないカクテルをお願いします」
「りょ~かい!」
少量のチョコリキュールを牛乳で割ったモーツアルトミルクをチョイスしたみたい。
うん、あれはとっても甘いけど、リキュールの量を抑えればそこまで強くはならないから、良い選択だと思う。
さて、おつまみは何にしよう?
甘いお酒と辛口だから、無難なポテトサラダとか数種類のハムとチーズの盛り合わせ、オリーブやピクルスの盛り合わせも良いね。この前仕込んでおいたのがあったし、オリーブも2色で、人参のピクルスと併せると色とりどりで見栄えも良いしね。ボイルドソーセージや酢の物もあった方がいいかなぁ?
あ、そうだ!クリームチーズと鮭フレークを合わせたディップをクラッカーに載せたのも美味しいよね。簡単だし、あれも作っちゃおう!
卵たぁ~っぷりの卵サンドとハムと胡瓜のサンドイッチもいいかも!
後は、ボブたちが買って来てくれるフルーツを綺麗に盛り付ければいいかな?久々にカービングしちゃおう。華やかになって良いよね。
でも、お食事会では無く飲み会だから料理はたくさんはいらないかな?
あっ!ランビットたちが戻って来たみたい。