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フィリングの水分調整は、伯父さんも爺さんも結構早い内に勘所を覚えた様だ。
さすがプロの料理人。
でも、天火の温度調整はなかなかうまく伝える事ができないので難航している。
私は毎日夕方になると天火の前で火を扱ってる。
天火の扉を大きく開けると、温度が下がっちゃうので、その横に取り付けられている小さな窓をたま~に開けて火の色を確認する事ぐらいでしか温度調整できないんだよね。
私の場合は鑑定を使ってズルしてるけど、爺さんが温度管理を覚えるにはその方法しかないのだ。
パイの方の売れ行きは爆発的だ。
ウチに宿泊しなくても、ポンタ村を出発する際、パイを買い求めてから旅を続ける旅人の多い事、多い事。
勿論、ウチに泊まって欲しいので、前の晩にウチの宿泊客からオーダーを取って残った物をその他のお客に売っているんだけど、毎日40個前後しか焼けないので、結構な争奪戦となっている。
前日の夕方に焼いているのだけど、売ったその日に食べて下さいと言いながら渡しているので、今のところ食中毒も発生してない。
美味しくて、安全で便利とくれば、そりゃあ売れるよ。
特に驚いたのが、お貴族様の馬車が、パイだけを買いにウチに寄ってくれる事が多くなった事だ。
ただ、前もって予約してくれないと、売り切れてしまっている事が多いのだが、食べられなければ食べられないで余計に手に入れたくなるらしく、お貴族様の間でもミニブームになりそうな予感。
「こりゃあ、ウチに天火を作った方が良いかも知れんな。お貴族様が来られる度に売り切れっていうのが続くのも、精神衛生上悪いよな」
「そうじゃなぁ。ウチに天火があれば何度でも焼けるし、アウレリアが他の料理も作れるって言ってたしのぉ」
「伯父さん、ラーラん家みたいな大きな天火でなくていいと思います。あれの半分の大きさがあれば十分です」
小さ目の天火だとそんなに金を掛けずに設置できるかもしれんと、伯父さんは領都の天火を作れる職人にギルド経由で手紙を送った。
天火の大体の大きさを指示し、値段と工期、頼んだ場合はいつから工事に着手できるかなど詳細に綴ってある。
まぁ、その手紙は私が書いたんだけどね。
おじさんの年代はまだ平民が学校へ通ってなかったから、字が書けないのは当たり前なんだ。
天火の方が設置可能となると、今度は毎晩スキルで作り出した種や苗を育てる方に気が向いてしまった。
爺さんのスキルは裁縫なんだけど、宿屋の跡取り息子だった為、職業は元宿屋の亭主兼料理人だ。
でも、何でも植物なら枯らせてしまう所謂火の手なのに花の栽培が趣味だから、下手に裏庭の畑を増やすと、爺さんが手を入れてしまい、大方の植物が枯れてしまうなんていう大惨事が起きてしまうのでは?
園芸スキル持ちのクリスティーナ伯母さんに裏庭で育ててもらうのもありなんだけど、大量に欲しい物はフェリシアの家で育ててもらう方が良いと思った。
「マノロ伯父さん。相談があります」
「なんだ?」
昼の仕込みが終って、パイも売り切れ、一息ついてるタイミングで伯父さんを捕まえた。