闇王もといユーリの新聞王への道18
「アディ、何をイライラしてるんだい?」
ホテル王都店のオレの部屋で、ソファに座って紅茶を飲んでいたセシリオが怪訝な顔をこちらに向けた。
「イライラなんかしてないよ」
「いやぁ、してるねぇ」
「いや、してない!」
「あははっは。そうやって強く言えば言う程、イライラしている様に見えるんだがなぁ」
くそっ!此奴は小さな頃からいつもオレの横に居るので、こっちの隠したい事とか結構見抜いてくるんだよな。面倒臭い。
まぁ、それはこっちも同じで、セシリオがこちらに見抜かれたくない事もオレなら見抜いてしまう。
例えば此奴が事業を立ち上げたいが、まだ資金と人が集まっていないとかな。本人はオレに隠している心算だろうけど、ランビット経由で二人やボブやフェリーペと4人で飲みに行った時なんかの他愛もない会話を断片的に聞いているから、それだけで此奴が何に悩んでいるのかピンと来るんだよな。
事業に関しては何か手伝える事があれば手伝う心算だぞ。
こちらをニヤニヤとした表情を隠さず見ているのを見て、これ以上は隠せないと思ったので、アーベルが身分を弁えない事が腹立たしいと訴えたが、「あいつが社長のお前を便宜上のボスくらいにしか思っていないのは前からじゃないか。で、今回は何をしたからお前の逆鱗に触れてしまったんだい?」とか言って来る。
言いたくなかったから黙りこんだら、「う~ん。これは何か重症だな。王都に来てからアーベルに腹を立ててるとすると、その場にアウレリアが居た可能性が高いかぁ・・・・。まぁ、じゃぁ、アウレリアに聞いてみるよ」とか言い出したので、渋々、二人がサッカー観戦に行く事になった事や、アーベルがオレの目の前でリアを口説いた事を説明した。
「あーーーーはっはははっは!」
セシリオは大声で笑いだした。お腹を押さえ、前かがみになって、盛大に肩を揺らしながら笑っている。くそっ!
「アディ、それって、前に言ったよな?」
「何を?」
「ぐずぐずしていると他の奴にアウレリアを攫っていかれるぞって」
「むぅ」
別に異性を好きになるのは今回が初めてじゃないから、リアに対する自分の気持ちは大分前から自覚している。
で、叔父の魔の手から救ってもらってからは、オレの中でリアはオレのものって認識なんだ。
だって、好きでもない男を自分の身を危険に晒してまで助けたりしないだろう?
もとよりオレとしては、リアをオレから引き離す奴から徹底して守る心算だ。
だから、今回も何とかしてサッカーデートは潰す!
「で、アディはアーベルの奴がちゃんとライバルになるって認識してるんだなぁ。まぁ、あいつも元は貴族だったから所作とかそれなりに綺麗だし、まぁ、顔もそこそこ良いからな。何より元キヴィマキ王国の貴族たちの後押しもあるし、うん、まぁアディの方が数段上だけれども、平民に比べたら魅力的な嫁ぎ先かもねぇ」
嫁ぎ先!
嫁がせてたまるかぁ。がるるるる。
アイツはオレが一番大変だった時命を救ってくれたし、オレに新しい名前をくれたし、今の事業だってアイツ無しには成り立たなかった。
何よりアイツの作る美味しい料理をアーベルの奴が当然の様な顔をして毎日リアと一緒に食べるのかと思うと腸が煮えくり返る。
「アディさぁ。そういう時どうすれば良いのか知ってるでしょ?」
セシリオは半分面白がりながらオレの尻を叩いて来る。まぁ、比喩的な意味でだけどな。
「クスクス」と笑ったセシリオが、「早く行動に移さないとアーベルが攫って行くよ」と他人事だ。
いや、他人事と言うより、此奴、面白がっているな。
「アウレリアは料理も旨いし、事業も順風満帆だし、人脈もあるし、綺麗だしな。今まで口説いて来なかったアディの片手落ちだな」
まだクスクス笑っているセシリオが少し冷めた紅茶を口に運んだ。
でも、セシリオが言っている事は間違っていない。
誰か他の奴がオレからリアを攫って行ってしまうのはどうにも我慢が出来ない。
料理が上手いだとか、金持ちだとか、人脈があるなんて事はオマケなんだよ。
アイツと一緒に居るだけで面白いんだよ。
一緒にいると思ってもみなかった発想に触れ、日々新しい気持ちで楽しめるんだよ。
何よりこっちを気遣ってくれるその心が嬉しい。
もちろん、オレもそんなアイツを守ってやりたい。
リア自身がまだ恋する余裕があるとかないとかで先送りにするんじゃなく、この際、デートを潰すだけでなく、確実にオレのものにするためにプロポーズした方が良いかもしれない。
もう待つのは止めだ。
アーベルがミニブーケを用意した様に、オレは何を用意したらいいだろう?
声に出していないのに、セシリオにはオレが何を考えているのか分かったのだろう。
「プレゼント云々より、まずは気持ちを伝える事の方が先だよ、アディ。アウレリアがアーベルや他の男と付き合うって決めた後に何を言っても遅いんだよ」
本当にそうだ!
事務所で告白するより、アイツが家に帰った時、花が咲いているレストランの庭園や温室で告白した方が良いだろう。
オレはさっさとホテルの事務所でダンヒルからリアの午後の予定について聞き取りをした。
その足で花屋へ行って花束を用意した。
本当は指輪も用意したいが、今から宝石店へ頼んでも今夜には間に合わない。
それならセシリオが言う様に、物が揃うまで待つのではなく、今手に入るもので準備して、今日中に告白した方が良い。
くそっ!アーベルが用意した一輪だけの、でもレースやリボンで華やかな小さなブーケ。
アイツが好きそうなブーケだった。
あれ程気の利いたプレゼントにはならなかったけれど、白、ピンク、水色、紫のスイートピーを豪奢なレースとリボンで纏め、白く丸い箱に詰めたブーケを手に持ち、馬車でアイツのレストランへ。
後、1時間くらいでホテルから帰宅するハズなので、時季外れで閉め切られた温室を開けて貸し切りにしてもらおうとリアの御両親にお願いしたら、快諾してくれた。ありがたや。
準備は整った。後は、アイツが帰宅してくるのを待つばかりだ。