闇王もといユーリの新聞王への道17
「え?ユーリ?何時王都へ来たの?」
前回リアがヤンデーノまでオレに会いに来てくれてからそれ程日は経っていないのに、前もって連絡せずにホテル王都店のロビーに入った所で偶然リアに出会ったので、リアは心底驚いた様だ。
「ついさっきだよ」
「アーベルも一緒なのね。こんにちは~」
「こんにちは、アウレリア様。何時見てもお美しい」
アーベルの言葉にほんのり頬を染めつつ、照れ隠しなのか何事も無かった様にオレの方を振り向いたリアは、アーベルの言う通りにいつもと変わらず美しい。
良かったらと彼女の事務室へと誘われたので、元々そこへ会いに行く心算だったオレは一も二もなく彼女の事務室のソファーに納まった。アーベルはオレの後ろに立っている。
まぁ、所謂オレの使用人の扱いだからこれでいい。
「で、鉄道で移動して来たの?王都へ来ても大丈夫なの?」
「ああ、もう普段通りのダイヤに戻ったからな。それに王家が潰れたし、叔父や従弟も失脚して今や平民だから、今更隠れていても意味がないからな。それにセシリオの顔も見たいし。アイツ、今、事業を始めたくて東西奔走してるみたいだから、多少なりとも手伝いたいし、お前の様子も見たいしな」
「そうなのね。で、泊まるところはあるの?」
「特に決めてきてないが・・・・」
「じゃあ、ウチのホテルに泊まって。今、部屋を用意するわね」
リアがそういうと、此奴の事務室の片隅で書類仕事をしていたダンヒルがパッと席を立ってどこかへ消えて行った。
恐らくレセプション辺りへ行って、オレの部屋を手配してくれるのだろう。
アーベルは元々王都にアパートを借りているので、ここに泊まるのはオレだけだ。
「ユーリ、自分でセシリオ様に連絡をするの?それともウチのメッセンジャーボーイに行かせる?」
「ああ、じゃあ今メモを書くから、メッセンジャーボーイに頼めるか?」
オレは此奴からメモ用紙を貰って、ささっとセシリオ宛のメッセージを書き込み、リアに呼ばれて来たメッセンジャーボーイに渡した。
「最近の情報を教えてもらえる?」
「ああ、その心算でアーベルを呼んだので、ここで報告をしてもらおう」
アーベルはオレには向けた事のない晴れやかな笑顔で若干リアに顔を寄せて、リアに薦められた椅子をソファーの近くに持って来て座り、最近の情勢について懇切丁寧に時間を掛けて説明している。
説明の間、一度もオレの方を見ないとはふてえ野郎だ。
しかし、ここ数か月、アーベルのリアへの馴れ馴れしさはぐんぐんと強化されて来た気がする。
一度しめておかないとな。
最近は政治もかなり落ち着いて来たので命や商売に関る大きな出来事は少ない。
まだ辺境伯領を新王は罰する事も自陣営に呼び戻す事も出来ていない様だが、その他の地域は税制を平民にとって軽くなる様に変更した事もあり、農民たちも落ち着いた様だ。
もちろん未だに地下組織化した少数のグループたちは残っているみたいだが、もう焼き討ち等もめったにされなくなった。まぁ、一応は平和になったと言っても良いだろう。
だからか、アーベルの説明はそんなに時間を掛けなくても良いはずなのに、無駄に長引かせている様に見えるが、それも漸く終わった。ふぅ。
じゃあ、部屋へ案内してもらおうかなと思いソファから立ち上がりかけた所、アーベルの奴がいつもならしない真面目な顔をして、「アウレリア様、来週のサッカーの試合、一緒に行きませんか?」なんて言い出した。
「え?サッカーですか?アーベルさんはチケットが欲しいのですか?何人分欲しいのですか?」
サッカーの球団を抱えているリアがチケットの融通を頼まれたと思ったのだろう。
「いえ。チケットは俺が用意します。そうじゃなくて二人で一緒に見に行きたいのですが、いかがですか?」
何だとーーーー!
此奴、何、しれっとリアを誘っているんだ?
正直言って、此奴が平民ならそこまで気にしなかっただろうが、元々は下級と言えど貴族の総領息子で少なからず人心掌握術や決断力なんかの貴族子弟なら持つはずの能力を持っているので油断ならんのだ。
リアが貴族しか恋愛の対象としないと言うのではなく、幼い頃から人心掌握のコツなどを学んでいない奴なら、オレのライバルに成り得ないと思っている。それくらいの度量のない奴は此奴の伴侶足りえない。
しかもアーベルにはまだ30人もの人間がつき従っているし、顔やスタイルもそこそこ良い。
あくまでソコソコだがな。
恐らく、オレの目の前で誘っているのも、リアに安心感を感じさせる目的と共に、オレへの牽制、そして此奴なりの自信の表れと言ったところか・・・・。
リアがどう返事するか気になるが、もしOKでもされたら目も当てられん。
「なら、三人で行くかぁ?」ととぼけて言ってみたら、「いえ、俺はアウレリア様と二人だけで行きたいのです」とシレっと返してくる。
「え?ええ?」とリアは頬を染めてちょっと狼狽えている。
「アウレリア様。まだ決まった方はいらっしゃらないと伺っています。俺だと心もとないかもしれませんが、俺の後ろにはキヴィマキ王国の元貴族たちが付いています。アウレリア様の事業にも役立つと思います。何より、あなたのその美しさや聡明さに俺の心は囚われました。なので、まずは一度だけで良いので、俺にチャンスを与えて下さいませんか?」
アーベルは上着のポケットから拳より少し大きめの箱を取り出した。
「パカっ」と蓋を開けると、中には小さな小さな花一輪だけのブーケが入っている。
ガーベラとか言う白い花で、周りをピンクとパステルグリーンのリボン、そしてうっすらピンク色に染められたレースが縁取っているそのミニブーケは如何にも此奴が好きそうな可愛い贈り物だ。
リアは戸惑っている様で何も言わないし、動かないが、アーベルがそっと彼女の手を取り、蓋を開けたままの小箱を彼女の掌の上に載せた。
「アウレリア様。こう考えて頂けませんか?付き合う、付き合わないは関係なく、まずは俺を知ってもらうためのチャンスを下さい。その為のサッカー観戦だと。一度、一緒に観戦してみて、どうしても俺と気が合わないと思ったら、その場で断って頂いて結構です。でも、一度だけは俺にチャンスを下さい」
ほら、こういう所なんだよ。
元貴族の総領息子って、交渉をする時ガッツかないんだよ。
平民とはその辺が違う。心の中がどうあろうと、やせ我慢が出来る種族なんだよ。
しかも、リアはこの申し出を受けるだろう。
一度だけで良いと言われれば、そしてチャンスだけは下さいと言われれば、断るのは難しい。
この国では女の子はこう言われれば相手が真剣にお付き合いを考えていて、それをたった一度のチャンスも与えず断る事は行儀が悪いとされている。
断っても良いとされているのは既婚女性か婚約者がいる女性のみだ。
でも、全然面白く無い!まったくもって面白く無い!
目を三角に釣り上げながら見ていたら、案の定、リアが一度のデートだけでも良ければと受け入れてしまった。
アーベルは自信があるのだろう。
凄い喜び様だ。
くそう!ムシャクシャするっ!
ダンヒルが戻って来て、「お部屋の用意が整いました」とオレを呼びに来た。
此奴をアーベルと二人だけにしてなるものかと、アーベルの二の腕を掴んで「行くぞ」と半ば無理矢理リアの事務所から引きずり出した。




