闇王もといユーリの新聞王への道16
「ユーリ、これからの見通しを教えて欲しいの」
既にオレの新聞社からは手を引いているリアがわざわざオレの家まで来た。と言っても2月半に1度は必ず俺の家まで来てくれているから珍しい事ではない。新聞社を助けてくれていた頃よりは頻度が控えめだが、それでもかなりの頻度で来てくれていると思う。
王都から外に出ないようにこの前きつく頼んだので、オレの家に来てもらう時はオレの方から護衛を数名送り、その護衛と彼女自身が雇っている護衛たちと共に来てもらっている。
そこまでしていても心配は心配なんだけどな。
でも、彼女の顔を見たいし、オレの近くに居てもらいたいし、変な虫が近づいていないか確かめたいし、彼女の美味しい手料理を食べたいから、オレの所には出来るだけ来てもらう様に仕向けている。
出張はやめてくれと頼んでいる割には、オレの所へは来いと言うのも変な話だが、オレが此奴に会いたいんだから、まぁ、それでいいんだよ。でもそろそろ己の身ばかり気にしていないで、オレが彼女の所へ会いに行く様にしないとな。
此奴の方から見れば、オレの所へ時々顔を出すのはオレを心配してくれての事と、他では口に出来ない様な美味しい料理を作り置きしてくれるのと、ウチの会社でしか入手できない情報を求めてと言ったところだろう。
オレとしては彼女の関心の比重がこの順番だといいなと思っているが、実際の所は分からん。
これからの事業運営に国の状態が大きく関わって来るのはみんな同じだ。
帝国の属国になるのか、王家が持ち直すのか、持ち直すとしてどのくらいまでの権威を取り戻せるのか?どこかの貴族が王家に取って代わる可能性だってあるし、リアの言うところの民主主義になるのかは未だ予測がつかない。
貴族制でなくなるとリアん所の高級ホテルの顧客は平民になるし、貴族が平民化したとして当初は今まで得た資産で贅沢が出来るとしても、今後は税収は無くなるのだ。手持ちの金なんてアッと言う間になくなるだろう。
となると将来的には顧客が減る可能性もあるしな。
オレが平民になった時資産はあったが、此奴がオレを助けて新聞社を作ると言うアイデアを出してくれなかったら、オレの資産も徐々に目減りしていって、若干焦りながら何を生業にするか悩んでいたかもしれない。
此奴が知りたがっていた国の現状だが、辺境伯の所の領民は奴隷の様に扱われて多くが別の領地へ夜逃げした。否、今も現在進行形で領民の流出は続いている。
例の大規模焼き討ちの時、領内の反乱分子たちが対岸に帝国領土が見える辺境伯領の唯一の港を破壊し、帝国からの船が簡単には入港できない様にしたので流通も麻痺した状態が未だ続いており、まだまだきな臭い状態だ。
辺境伯が帝国へ寝返った事でオルダル国の多くの貴族は団結し、自分たちの地位を護るため、辺境伯領との境に軍を配置しているが、国王軍はいない。
なにせ国王軍は王都を護らないと王都自体の治安の維持が出来ない状況だからな。
リアに伝えるとしたらこんな所だろうか。
「トントン」
「どうぞ」
リアの訪問時に合わせる様に金髪に緑の目のアーベルが入って来た。ここ最近、リアがオレを訪ねて来るタイミングで、此奴も本社に顔を出している気がする。どうにかしてリアがここに来るタイミングを掴んでいる様で、それに合わせている様だ。
普段は仏頂面の此奴がリアへにっこりとほほ笑んでからソファに座った。
此奴、ここ最近、ちょっとリアに馴れ馴れしい気がする。
オレの方を向いて、近況について話し出したのを、リアは身を乗り出す様にして聞いている。
「この前聞かれた王家の面々だが、誰を王位継承者一位にするかまだ揉めていて、俺が見たところ現王家の中では王弟が有力だな。元々王子二人に次ぐ王位継承権の持ち主だからな。でも、今の王家に不満を持っている貴族も相当数いる」
「揉めているとなると、後ろにつく貴族の勢力図が変わってきていると言うことか・・・・」
「今まで大半の貴族は王子二人のどっちかについていたけど、今はその二人は除外されているから、まぁ、当然と言っちゃぁ当然だけど、新たに誰につくかが貴族たちの最大関心事だよ。でもさっきも言った様に、現王家を排除して新しい王家をと言う声も無視できないくらいには広がってる。王子たちの逃亡に関する王家のインタビューは取れなかった失態を、高位貴族たちの今後の支持図を詳らかにする事で挽回させてもらおうと思っているんだ。今、あっちこっちの派閥の貴族にインタビューを繰り返しているから、もう少しだけ時間をくれ」
オレたちの会話を聞きながらリアが色々聞きたそうにしているが、大事な情報なので黙って聞いている。
「続いて帝国軍についてだが、辺境伯領の唯一の港が破壊されたので海側からの新たな入国は今の所中断されている。あそこは港以外の進入路は海底に大きな岩がゴロゴロだからな。そんなの気にせず大量の兵士を乗せて、あの辺りで座礁してくれれば国としては万々歳なんだろうけどな。もちろん個人で陸路経由で入って来ているケースはあるかもしれんが、軍隊レベルの人数での入国は無い。辺境伯から当初の目論見に比べごく僅かとなっていて、農業や商業が停滞し、食糧の流通もストップしているから、徐々に駐屯することが難しくなるだろうなぁ」
「それは撤退すると言う事か?」
「港が破壊されているので陸路で隣国のマルリ国を通る事が出来ればだけどね。国内は辺境伯の寄子たちの領土だけを通ってマルリ国まで移動できるから、実際には非現実的な話ではないと思っている」
「別の王家をと望んでいる貴族はどれくらいの数ですか?それと別の政治形態について考えていそうな貴族はいますか?」
オレとアーベルの会話を黙って聞いていたリアが自分の知りたい情報を得る為にとうとう口を開いた。
先ほどに続いてリアに微笑みかけたアーベルが、「別の王家の擁立を望む貴族は半分以下ではありますが、それぞれの現王位継承権持ちにくっついている貴族の数よりは多いです。そういう意味では最大派閥と言えるかもです。貴族は対帝国と言うことで結束していますが、国をこの様な事態になるまで放置していた現王への信頼は大きく揺らいでいます。平民へ無償で教育を施し余計な知恵をつけさせ、ひいては平民が王制や貴族に盾突く事を助けたと王への不満も大きいですし、現王家の存続は難しいのではないでしょうか。近い将来、貴族たちはどのタイミングで現王家を退け、どの貴族家を新たな王家とするか各派閥で検討を行い始めるでしょう」と、オレに対する若干ぞんざいな口調とは打って変わって柔らかい口調で話した。
リアに対する此奴の態度は気に食わないが、聞いておかなければならない事がある。
「と言う事は、現王家は転覆すると思って良いって事か・・・・」
「そうだな。後、帝国は撤退すると思うので、残るカードは貴族の誰が王権を簒奪するか、或いは実現率は低いが民主主義になるかと言った所かな」
リアが説明した事があるので、此奴も民主主義と言う制度はぼんやりと理解しているみたいだ。
リアはリアで今後の政治形態が変わるのかどうかに一番関心がある様だ。
「読み書きが出来ても、民主主義が根付く程平民たちの意識が向上している様には思えません。私が言う民主主義と言うのは、国民、あ、平民たちに選挙と言う権利を理解する能力がなければ実現できませんし、実現したとしても選ばれた施政者も3日天下になるでしょう。それに何より民主主義が正しく機能するには報道が正しくなければならないのですが、新聞はあってもその他の方法で情報を得る方法が平民にはありません」
「3日天下かぁ。リアが使う表現は相変わらず面白いな。短い期間しか統治できないって言う意味だろう?」
「うん、そう」
「アウレリア様、それにしても報道が正しくないと民主主義が成り立たないと言うのはどう言う事でしょうか?」
「ユーリには前に説明したけど、アーベルさんにはまだでしたね。民主主義では平民が統治者を選ぶには選挙と言う制度が必要です。でも立候補者たちの政治的理念や実際の能力等、普段からそれらの立候補者がどの様な活動をしているのか知らなければ間違った人を統治者として選んでしまいます。選挙の時だけ平民の耳に心地よい言葉を発すれば、実際には反対の考えを持っていても当選する可能性がありますものね。選んだあとも統治者として平民が望んでいる様な行政を行っているかどうかは情報が無ければ分かりません。その情報を得る手段が報道なのですが、現段階ではそれはユーリの所を含めて数社の新聞社しかありませんし、交通事情からオンタイムで情報を入手する事は無理です。その他にも、他社の様に報道自体が嘘の情報で、それを流してしまっては平民は正しい判断が出来ないので、選挙と言う制度があっても意味が無いのです」
リアが言っているのはオレん所の新聞社の後追いで出て来た新聞社が事実の確認も不十分なままにセンセーショナルな記事をバンバン載せている事を指しているのだろう。
「と言う事は、新たに貴族の誰かが王になるのが現実的な見通しかなぁ」と言うと、すかさずアーベルも
「俺もそう思う」と同意して来た。
「考えてみると、民主主義になった方が情報を発信しているオレたちに有利って事かぁ。だって、自分の好きな様に世論を操作できるもんな」
「だから報道は真実だけを報道する様心掛けないと、危ない結果を招く事もあるって事なのよ」と心配そうにリアが呟いた。
それをアーベルの奴はさも心酔したかの様な表情で聞き入っていた。オレの事務所を出る前に、リアにことさら声を掛け、にこやかな笑顔を振りまいて去った。




