闇王もといユーリの新聞王への道14
いつもありがとうございます。
本日はちょっと長くなりました。
まだもう少しユーリの新聞王への道が続きますが、引き続きよろしくお願いします。
「ユーリ様!大変です。ファーガス辺境伯が帝国に寝返ったそうです!」
初めて顔を見る記者が本社の事務所へ駈け込んで来て、アーベルの配下である記者フールと名乗った。
此奴も他の全てのアーベルの配下と同じく元王家の足で、背も顔も声もそして仕草なんかもどこにでもいそうな若造だ。つまり、目立たない。でも、元貴族の使用人だったからかオレに話す時はとても丁寧な口調になり態度も貴族に対する態度に見える。
最近では国全体の治安も少し良くなり、リアの関係する鉄道やホテルなどが被害にあう事もなくホッとしていた所に、とんだニュースが舞い込んだもんだ。
オルダル国は帝国とは地続きではない。
間に小国マルリ国を挟んでいるのだが、ファーガス辺境伯の領地はその小国と国境を接している。
そして、ファーガス辺境伯の領地は海に面しており、向かい側には帝国の港町があり、ほんの数時間の船旅で行きつけるくらいには帝国に近い。
オレは王都までリアを送り届けてゴンスンデに寄った後、辺境伯領の港に係留していた自前のヨットで帰還した。港が焼き討ちにあう前日にヨットに乗れたので助かった。そうでなければ自前のヨットを諦め、ダイヤもはっきりとしていない鉄道か時間の掛かる馬車や馬での移動となったかもしれない。それに事件時、港のヨットにクルーがいたら彼らの命も危なかったかもしれないのだ。
オレと入れ替わりでゴンスンデに戻ったアーベルは港を使えなかっただろうに、どうやってか結構早い時期にゴンスンデに戻ったらしい。そういう手腕は見習わないとだな。
で、このフールはちょっと前まで辺境伯領へ潜入調査をし、ゴンスンデで無事アーベルと連絡を取ったとのこと。元々の配置先のポンタ村へ帰る直前に辺境伯が帝国に寝返ったと言う話が舞い込んだので、アーベルから伝書鳩の役を言いつけられたそうだ。
マルリ国の港から船があって良かったよ。でなければ国内をぐるりと陸路を半周しての移動になり、結構な日数が掛かったはずだ。
まだ若いと言う事もあり、オレに緊張して報告しているのだろう。落ち着かなさが、その握りしめられた拳に見て取れる。
フールの報告を、たまたま別の奴もオレと一緒に聞いていた。ホテルの視察でヤンデーノに来ていたランビットだ。リアに言われたんだろう、オレの様子見にウチに来てくれていた所で、この知らせを聞いて驚いて固まっている。
ランビットの前で話しても良いかとフールは目で確認を取って来たので、大丈夫だと頷いてみせた。
「何が理由で寝返ったのか?」
「反乱分子が焼き討ちを何度か行ったので、辺境伯が王家に援軍を頼んだそうです。そしてそれを断られたのが原因らしいです」
「と言う事はもしかして・・・・帝国側から援軍が来たと言うことか?」
「そうらしいです。帝国の第三皇子が辺境伯の娘と懇意にしており、婚約も秒読みと言われていた状態でしたので、辺境伯から帝国に援軍の要請をした可能性が強いとアーベル様も分析していました。オイラも潜伏取材の時に二人が仲良さげに町中を一緒に歩いているのを見掛けました。」
「サムエル皇子か・・・・」
例のイベントクラブを立ち上げ、俺たちのあややクラブの足を何かと引っ張ってくれた奴だった。
「アーベル様が把握されていた所によると、どうやら王家に頼んだ援軍と言うのも断られる事が前提の様で、到底王家が受け入れられない規模の援軍を要請したらしいです」
「つまり形だけは筋を通した様に見せて、最初から帝国の傘下に入る事を目的としていたのだな」
「はい、恐らくそうだと思います。王家としてはこのご時世、自国民に刃を向けて民衆が王家に背を向ける事態は極力避けたいでしょうしね。それでなくともビラ活動を行っているグループがこれ程たくさん出来ていて、王族や貴族の権威は地に落ちていますからねぇ。で、王家は全く援助しないのも対面が保てないので、派遣する兵の数を極少数で済ませたいと辺境伯と交渉している最中の出来事だったとのこと。しかし、今回の辺境伯の裏切りを事前に察知できなかった事をアーベル様はとても悔しがっておりまして、本当に申し訳ございませんとのことです」
反乱と言う危険分子を抱えたままで領民から血税を搾り取っていた辺境伯の為に、治安維持に必要最低限の兵を送り出すのならまだしも、領民を殺す事を目的とした大量の援軍を送るのは王家としては現実的ではないだろうなぁ。王都から兵を動かす事さえ今の王家には出来まい。自分の身の周りの安全を疎かに出来る情勢ではないものなぁ。
しかし、辺境伯の領地を帝国に盗られてしまったら、他の貴族の中にも帝国に寝返る者も出てくるかもしれない可能性が出て来たな。
元王家の足としてはこういった重要な情報こそ事前に入手したかっただろうが、こういう事はやる本人らも大っぴらにはせず秘密裡に事を進めるだろうし、やる時になって初めて表面に浮かんで来るものだと思う。でなければ辺境伯の頭は今頃首と繋がっていなかっただろう。まぁ、今の王家にそんな力がまだ残っているかどうかは分からんがな。
だから察知できなかったとしても、アーベルがそれ程恥じる程の事では無いと思うがな。
「サムエル皇子はダンスの時も辺境伯の娘さんをエスコートしていましたよね。俺は何故ディアナではなく、彼女をエスコートしているのか不思議でしたけれど・・・・。美人コンテストでも無理矢理優勝させたりもしてたし・・・・」
ランビットにそう言われてみればそんな事があったなぁと当時を思い出した。
あの時はオレも違和感を感じていたのをうっすらと覚えている。
と言うことはサムエル皇子は留学当時から辺境伯の領地を狙っていたって事か?
そして辺境伯側も当時から帝国と手を結ぶ気がある程度はあったと言う事だろう。
でなければ、サムエル皇子が自分の娘にあれ程近づく事を許しはしないだろうからな。
されば、これは随分と前から計画的に進められていた話だったのかもしれない。
全国的に見れば平民たちのビラ活動が下火になって来たこのタイミングでの辺境伯の乱。
お陰で再度、平民たちの反乱は勢いづいて来たともフールは言う。
「ユーリ様、ゴンスンデからの記事原稿にまたまた領主の館の焼き討ちがあったと書いてあります」
オレの事務室に届いたばかりの原稿を手にマルクスが入って来た。
「またか!先週、辺境伯領からほど近いモンテルボルやハキムの領主も焼き討ちにあったばかりなのに」
これらの領地は全て、辺境伯の領地と隣接しているのだ。
「辺境伯の所の平民が帝国の奴隷の様な扱いになっているので、どこの領民も自分のところの領主が自分たちを他国に売らないか戦々恐々になっているみたいだとアーベル様はおっしゃっていました」
「うむ」
「これはもしかしたらもしかするかもしれないですね」
「転覆って事か?」
「そうです。貴族が根絶やしにされるか、王権が誰かに簒奪されるか、オイラには想像が付きませんが、何かが起こるのは間違いないと思います」
アーベルの部下はしたり顔だ。此奴らはアーベルの望みであるこの国の転覆の為に働いているから、この国の危機に際し、嬉しそうな顔になるのは当たり前の事なのだろう。
辺境伯領に潜入調査に入っていたと言ったので領都についての此奴の見解を聞いてみれば、大規模焼き討ちが起こる前から頻繁に焼き討ちがあった事や、衛兵は入って来ていた帝国兵を取り締まらず領民だけを取り締まり、相次ぐ増税で領民の不満は爆発寸前だった事が分かった。
一通りの報告をしてフールはポンタ村へ戻って行き、オレはランビットやマルクスと一緒にこれからこの国に何が起こるかを話し合ったりしたが、当然それは予想の域を出ない。でも、今後のリアの事業には役に立つ予想かもしれないので、じっくり時間を掛けて三人で予想を続けた。勿論、リアへの報告はランビットにしてもらうがな。
そしてそれはこの件の第一報から数週間後に起こった。
焼き討ちにあう貴族家が増え、それに怯えたのか王が秘密裏に王位継承権第1位と2位の王子二人を国から逃亡させ様としたのだ。自分に何かあった時、王家の血筋を絶やさず、直ぐに王となれる人物の安全を図ったのだろう。
王子二人以外の王族、つまり王や王妃、側妃、王女や魔法スキルを持たない王子たちは城に残ったので、周りの者たちは最初王子二人の逃亡に気付いていなかった様だ。まぁ、オレが王だとしても不味い状況になればそんな手を使うだろう。支配者として間違った判断だとは思わない。
鉄道を使えば移動がバレてしまうので、王子たちが別々の馬車に乗って国境まで逃げ延びようとしたのを、国境のずっと手前のモンパルラン子爵の領地で2台とも子爵その人に見つかり、王城へ連れ戻された様だ。
「王は国軍より力があると評判の辺境伯の兵を頼みにしていました。その辺境伯が帝国へ寝返ったと言う事で動揺しているところへ、再びビラ活動や焼き討ちが激しくなってしまったので、安全策を取らざるを得なかったのでしょう。逃げる事が可能な内に後継ぎを逃そうと思ったらしいです」
マルクスが王都から送られて来た原稿を手に慌てて報告してくれた。
新聞社としては出来るだけ詳細に取材をして記事にしたい。そんな事もあり、ウチの新聞社としても王家の逃亡を記事にするべく、記者を派遣してモンパルラン子爵へインタビューを申し込んだけれど、断られてしまった。貴族の矜持として王家の醜態について語るを良しとしなかった様だ。
まだこの国の貴族の中にも真面なのがいるんだなぁ。
となると取材できるのは王家の方になる。アーベルたちに動いてもらわないとだな。




