闇王もといユーリの新聞王への道9
新聞にはビラ活動をしている複数のグループの誰それが捕まったとか、どこそこの領地の貴族が焼き討ちにあった等、物騒な記事が散見される様になって来た。
一般の人々は他人事の様に横目で一部の活動家の事を見ている感じだ。
恐らくだが、世の中が変わったらそれはそれで嬉しいけれど、自分やその家族に火の粉が降りかかるのは嫌だと言う事なんだと思う。
反乱分子が逮捕された記事は王家が率先して載せて欲しいと言って来たので、記事にする事は問題無い。
ちなみに王家の使いとはオレではなくマルクスが対応してくれている。
学園卒の者と言うのを前面に打ち出して、ただの平民である社長よりも王家の使者の対応に相応しい者と相手に伝えたから、新聞社を営んでいるオレがかつての侯爵家総領息子とは王家は気づいていない。
兎に角、王家関係者にオレの面が割れない事の方が重要なので、マルクスの存在にとっても救われている。
今回、叔父が起こした事件で、オレ自身も気付いていなかった周りからの支えが一気に目に見える様になったのは、辛い思いをした分だけに本当にありがたい事だ。
マルクスが言うには、王家としては自分たちに敵対する者たちの末路を新聞に載せてもらい、平民たちに現権力者に対抗する気を失わせることが目的らしい。でも、こちらとしてはこれ程王族、貴族は横暴なんだよと言う平民向けのプロパガンダの心算だ。
新聞は両論併記にしなくて良いのだとリアは言うけれど、敢えて新聞は両論併記だと紙面に事ある毎に書き、ビラ活動についても貴族側と平民側の両論の視点を一つの記事に書き込む。一見中立的に見えるが、しかし平民が読めば平民側に心情が傾く様に書いている。
でも、王家も貴族も平民の視点なんて今まで気にした事もなかったから、こちらの記事のトリックに気付いてもいない様だった。
例えば活動家たちが良く使う『種麦』と言う隠語は農業に従事する貧しい平民を指していて、その他にも農業に擬えた隠語を多用し、活動をよく理解している平民には何の事か分かるが、のほほんとしている貴族たちには活動に気を向けるのではなく、本来の農業に力を入れろと書いてある様に読める記事を載せている。
色んな平民グループの活動はある程度の成果は出しているものの、やはり貴族たちの結束は強く、平民出身の衛兵と貴族であるその上司の間に罅が入る事はあっても、上からの命令には逆らえないのか平民出身の衛兵も着々と反乱分子を検挙して行った。
もちろん全員が捕まったのではない。中には平民出身の衛兵たちが逃がしたと思われるグループや活動家たちも居る。
だが、其れなりの人数が捕まり、処刑されていった。
リアの表情は段々暗くなっているが、事ある毎に、「ユーリ、今はダメ。堪えて」とオレの事を心配して、オレたちがビラ活動をしない様にと釘を刺してくる。
多くの反乱グループがそれぞれ手を組めばもっと大規模に活動を行えるのだとは思うが、お互いがお互いを警戒している状態で手を組む事は難しいのだろう。
徐々に幾つかのグループのビラ活動の頻度が下がっていっている様にみえる。
リアが新聞社を訪ねているタイミングで、メリッサが誰かと口論しているのがオレの事務部屋にまで聞こえて来た。
「困ります。お約束が無いのであれば、取り次ぐ事は出来ません。改めてお約束をしてからご訪問下さい」
「・・・・。じゃあ、この封筒を渡して欲しい。このメモを見ても俺と会わないと言われれば、諦めるから」
暫く音が聞こえなくなったので、その無音の間はメリッサの頭の中でどうするか悩んでいる時間で、メリッサを悩ませている男は大人しく待っているみたいだ。
「オルトさん。すみません、私、奥へ行くので、しばらくここで対応をお願いしても良いですか?」
また音が聞こえなくなったのでオルトは無言で頷いたのだろう。
オレの事務部屋のドアをノックする音が聞こえ、「どうぞ」と言うとメリッサは封筒を手に入って来た。
彼女は何か言いたそうだけれど、会話は聞こえていたので片手を前に突き出し話さない様にジェスチャーすると、頷いて無言で封筒を受け取った。
封筒そのものは粗い目の茶色っぽい庶民でも使う封筒だが、中に入っていたメモは上等な紙に書かれていた。この紙はもっぱら貴族らが使うもので、メリッサと話していた男が平民を装いながらも、こちらに自分は貴族、或いは貴族と密接な関係を持っている事を主張している気がした。
『ゴンスンデでビラ活動をしているアーベルだ。オルダル国で最初にビラ活動をしたあなたと話したい』
オレの肩越しにメモを覗き込んでいたリアが心配そうに眉間に皺を作りながら、「危ないと思う」と小声で言いながらオレの右腕を掴んで来た。
リアが心配する理由は分かる。
オレがビラ活動を始めた張本人だとどうやってか突き止めて来たと言う事は、調査能力が高いと言う事で、一介の平民にそれだけの調査力があるとは思えないのだろう。やはりメモを持って来た男は貴族かもしれない。或いはその背後に誰かいる可能性もあり、それが貴族でビラ活動をこの国に持ち込んだ奴を探していると言う事も考えられる。
でも、オレは此奴は放置してはいけないと思った。
「メリッサ、ここへ通してくれ。あ、お茶はいらないから誰もこの部屋に入れない様にしてくれ」
「え?あ、はい・・・・」
「ユーリ!」リアは心配で思わず声に出てしまった様で、オレを掴んでいる手に少し力が入った。
「大丈夫。オレに任せてくれ」と小声で言ったが、リアは悩んでいる様だった。
でも直ぐにメリッサが件の男を連れて来たので、リアの手がオレの腕から離れた。
ちょっと力の入った手で掴まれていた腕が手を離された事で物足りなく感じたのは気のせいか?
入って来た男は金髪に緑の瞳を持つ美青年だった。
着ている服は平民のものだが、此奴が纏っている雰囲気は貴族の優美さと、野生の動物のどう猛さが共存しているものだ。
メリッサがドアをきっちり閉め、部屋から出て行ったのを確認して、こちらを見つつ「アーベルだ。元々はオーバリ子爵の長男だ。ユーリさん、もといアドルフォ・クラッツオ様。ビラ活動について話しがしたくて来ました」とにやりと笑った顔は色んな物を含むとっても悪い笑顔だった。
「オレはビラ活動については新聞記事に書いてある以上の情報は持って無いが、新聞社を経営する者として興味があるのでインタビューをさせて欲しい。どうぞ、そこのソファに座ってくれ」
アーベルはゆったりとソファに座り、その向かいにオレとリアが並んで座った。
前の名前をふいに言われ、肩が少し揺れてしまったかもしれない・・・・。あの鋭い目を誤魔化せるとは思わないが、言質は取られない様にしないとな。
「そっちの麗しい女性は?」
「新聞社の運営に携わっているパートナーだ」
「ほほう。フローリストガーデンのアウレリア様ですね。噂通り若くてお美しい」
アーベルはリアを正面から見つめたが、リアもたじろぐ事なくその視線を受け止めている。
流石に幼い頃から大人たちの間で揉まれて来ただけはある。
異性からの多少の不躾な視線くらいではびくともしないのは流石だ。
「君はゴンスンデでビラ活動をしているとメモに書いてあったが、本当かい?」
「そうだ。俺たちは全員で31名の地下組織だ。ビラ活動だけでなく焼き討ちなんかもやってるぞ」
「それを記事にしても?」
クスっと笑ったアーベルは「それは御免被る。俺の肩には30名の命が掛かっているからな。そいつらを危険の中に放り込む事は出来ない」と力のある視線でこっちを射抜く様に見つめてくる。
視線の強さならオレも負けてない。
「取材出来ないのなら、オレや新聞社にとって旨味は無いなぁ。出口はもうご存知でしょう?」とドアの方を手で示した。
「記事には出来なくても俺たちの活動については知りたいはずだ。そして俺がどうやって君の前の身分や、この国で初めてビラ活動を始めたのか知っている理由を知りたくはないかい?」
アーベルは余裕のある仕草でゆったりとソファに座って居る。
オレの頭の中にサッカーの試合開始の時に吹かれる管楽器の音が鳴り響いた気がした。




