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 週刊で発行する予定の通常新聞は、週刊なのに『オルダル・トゥディ』という名前にしたのだが、今日はその全ての記者を呼んでの研修だ。

 雇用試験で記事を書かせてみて、真面な文章を書ける人を選んだ心算。

 全ての駅のある町と村に最低でも1人づつ男性を雇ったので結構な数だ。

 ゴンスンデや王都に関しては女性の記者も雇っている。

 

 まだまだ女の一人旅が安全ではない世界なので、出張しながらの取材は主に男性陣が、都会の中での取材は男性、女性を問わず行ってもらう心算なのだ。 


「みなさん、新聞と言うのは新しい事業であり、記者というのは新しい職業でもあります。つまりみなさんは時代の最先端を行っているわけです。なので、記者が書く記事と言うのはどんな物か分からないと思います。新聞社がどの様な記事をみなさんに期待しているかどうか知って頂く事が今回の研修の目標です」


 私は王都店の貸会議室に持ち込んだ移動式黒板に文字を書いた。

『美文は小説に

 メタファーは詩に

 簡潔な文は新聞に』


「私たちは美文を書かれる方を雇いたい訳ではないのです。いつ、どこで、誰が、何を、何故、どの様にしたか、それが分かる客観的な文を期待しているのです」


「質問してもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」


 ヒャックさんは元男爵家の家令だから質問一つするにも雇い主に対しては低姿勢だ。

「客観的な文と言うのはどういった文なのでしょうか?また、記事を書く度にいつ、どこで、誰が~と言う6点は必ず入れる必要があるのでしょうか?」

「ヒャックさん、とても良い質問ですね。先ほどの6点は客観的な文を書くのに必要な手法なのです。よっぽどの事情が無い限り、この6点は必ず入れて下さい。客観的な文とは筆者の感情を排し、事実のみを書いた文です。今から詳しく説明しますね。こちらはみなさんに入社テストを受けて頂いた時に書いてもらった記事です。名前を隠して合格された方のものも、不合格の方のものも例文として挙げますね。」


 私はテストの回答用紙の複製をみんなに配り、そして徐に黒板に例題の主題を書き出した。

『サバル地区サンティーボ通りで起きた殺人事件

 事件発覚日 7/6の朝

 犯行日時  7/6の夜から朝にかけての可能性大★(衛兵の談)

 天候    強い雨

 被害者   モラン(平民) 乱暴者として地域でも有名

       老人の店舗では金を払わず物を持って行く

       女性に性的乱暴をした事がある

       未婚で母親と二人暮らしで、母親に怒鳴ったり殴ったりしていたらしい★

 犯人    不明 加害者となり得る動機を持つ者多数

       見つけるのが難しい(衛兵の談)

 死因    頭の怪我(道が血の海になっていた)

 発見現場  サバル地区サンティーボ通り 血の海 ※犯行現場かどうかは不明

 凶器    鈍器の可能性大★ 見つかっていない

 犯行動機  不明』


「みなさん同じテストを受けて頂いたので、設問1の内容として掴んでおくべきは大体この様な事だと思います。覚えていらっしゃいますか?忘れていらっしゃるなら、先ほど渡したテスト回答集の一番上に設問のページがありますので読んでみて下さい。ここで分かっている何時というのは犯行日と事件発覚日の二つを指しており、何処でと言うのはサバル地区サンティーボ通りですよね。誰がと言うのは被害者を指しても良いですし、加害者が分かっているのなら犯人を主語にしても良いです。何をどの様にと言うのは被害者目線の文章にするのなら鈍器の様な物で頭を殴られ死亡したとなります。何故に関しては不明です。これで6点全部が含まれているのが分かりますか?」


 ゴツイガタイのペッパーさんは実は貴族の子息なのだが、総領息子ではなく6男なので貴族家を継ぐ事も出来ないらしく、記者として働く事を希望して来た学園卒のおじさんだが、実は試験の結果は1番で、私の説明に不明な部分があるらしく手を挙げて来た。


「ペッパーさん、何ですか?」

「6点の内、何故については不明なので、全部含まれていると言うのが納得いかないのですが・・・・」

「これは不明だと言う事実があると分かっているので、含まれていると言いました。例えば、記事にする場合、『7/6未明、サバル地区サンティーボ通りで頭を殴られ死亡した平民のモラン氏が発見された。殺害の動機は今の所不明』と言った感じで記事を書き始める事が出来ます。ここで読者は動機はまだ解明されていないと言う事実を知る事が出来るのです」


 ペッパーさんもヒャックさんも感心した様に頷いている。


「気づいた方もいると思いますが、★マークが付いている所は事実かもしれないし、そうでは無いかもしれない部分です。でも、この部分が抜けてしまうと大事な情報が抜けてしまいますので、記事を書く場合は『凶器は鈍器の可能性が高いと捜査関係者が記者に打ち明けたが、凶器そのものはまだ見つかっていない』と言った様な記述になります。これなら筆者の感情は一切入っておらず、捜査を行っている衛兵が言った事をそのまま書いただけになります。つまり、記者は事実かどうかは知らないが捜査をしている人は凶器は鈍器じゃないかと疑っていると言う伝聞を伝え、凶器はまだ見つかっていないと言う事実を伝えています。この文を読んだ読者はこの客観的な文で新聞の信ぴょう性を感じる訳です。例えば、この1番と3番4番のテスト答案ですが、凶器は鈍器だと限定しています。それぞれ下線が引いてあるところを見て下さい。ね、断定しているでしょう?これでは記者の思い込みが入ってしまった内容に代わっている訳です」


「結構難しいんですね」

 赤毛の長い髪を後ろで一つにくくったマリーと言う若い女性が顔を顰めている。


「マリーさんの言う通りです。感情を排して事実だけを伝えると言うのはとても難しいと私は思います。でも、みなさん、遣り甲斐のある仕事でもあります。みなさんが取材してくれ書いた記事は、オルダル国全土に広がるのですよ。凄い事だとは思いませんか?」

「はい、思います」

「私もそう思います」

「俺も!」


「さて、新聞記事は記者の感情を込めてはいけませんが、実はある手段を用いれば記者の感情を込める事も出来るのです」

「「「えええ?」」」

「それは専門家の意見として載せる事です。自分と同じ考え方の専門家、この事件の場合は何十年も衛兵をして引退した捜査の達人なんかに意見を述べてもらい、それを専門家の談として載せるのです。本当の意味で真実を載せるのならばイエスとノーの選択がある時、それぞれの意見を持つ2人以上の専門家の意見を載せるのですが、情報を操作しようと思えば片側、例えばイエスの意見の専門家の談を記事にすれば良いのです。これは悪い例なので、敢えてみなさんにお伝えしました。この様に記者の書く記事と言うものはとてつもなく力を持つものなのです。公平な記事を心掛けて下さいね」

 研修参加者全員の目がランランと輝いて来た。


 さぁ、今日はこの後一日掛けて新聞記事は前世の小学校新聞を作った時ぐらいしか書いた事がない私がなんとか新聞記事の何たるかを伝えないといけないと言う大仕事が待っている。

 ううううう。

 ここでちゃんと研修をしないとこの世界の新聞のクオリティが下がっちゃうもんね。

 が、がんばろう!

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