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漸く自分でご飯を食べたり、支えが無くてもトイレに行ける様になった闇王様だけれども、まだ長い時間をベッドの中で過ごしている。
私もナイトル村店だけでなく、他の店へ顔を出さなくてはいけなくなっているので、一度、彼をここに置いて出張しなければと思っていた。
父さんたちにはちゃんと前もって闇王様事件について話しているし、先日ランビット経由でも詳細を伝えてもらっているので、長い間王都の家を離れていても何も言わないけれど、やっぱり母さんやエイファの顔を見たいので王都へも帰りたい。
ただ、そうなると闇王様をここへ置いて行かなければならず、その間に居なくなったらどうしようと言う気持ちがグルグルと胸の中にとぐろを巻く。
そう、居なくなる。
闇王様が自分の意思でここを出て行く可能性があるのだ。
私たちに迷惑を掛けたくないって思ってるはずだしね。
闇王様は今、ぼぉ~とした目をして例の力ある視線は消えてしまっている。
時折、昔の様なしっかりした眼差しをしている時もあるんだけれど、私にはこのぼぉ~とした視線はなんか危うい物を含んでいる気がして落ち着かない。
私と入れ替わりにランビットにこっちへ来てもらう様に手紙を鉄道で運んでもらいながら、私は例の新聞についてどうやってアドルフォ様に話そうかとても悩ましい。
とても良い案だとは思うのだけれど、それはあくまで私の感覚ではと言う事だ。
闇王様がこの案を受け入れてくれるかどうかは本当のところ分からない。
闇王様が横になっているベッドの横に、今まさに食べ終わったばかりのランチの食器がナイトテーブルに置かれた。
私はそれを左手で持ち、右手には先ほど書き上げた偽の新聞を持ち、思い切って闇王様に差し出した。
「これは?」
「新聞です」
「しんぶん?」
「そう、新聞です」
闇王様はキョトンとしている。
「アドルフォ様。アドルフォ様は体調が元に戻ったら、これからどうされる心算ですか?ウチに居てもらうのは問題無いのですが、もし留学先に戻られる事を考えていらっしゃったら、まずセシリオ様に連絡を取りたいと思っていますし、もし、このまま国に残って平民として暮らされるなら、もちろん協力します。そして、国に残ったまま、時間が掛かろうとも復讐をされたいと言う事であるなら、やり方は限定させて頂きますが、協力を惜しみません」
「っ!」
「そこで、私からの提案は新聞です。手に取って良く見て下さい」
闇王様はキツネにつままれた様な表情を浮かべながらも、手渡した新聞擬きをじっと見て、それから徐に読み始めた。
「これは?」
「これは定期的に、国内で、或いは国外の記者から記事を取り寄せ、一つにまとめた物です。もちろん、そこに書いてあるのは嘘っぱちの記事なので、実際の新聞を作るなら、いろんな町に雇人を置いて、取材をしてもらい、鉄道を使って記事を運んでもらい、最後にどの記事を採用するか、紙面のどこに掲載するかを考えて表裏1枚の新聞を作るのです」
闇王様は黙って聞いているが、何故突然、私が新聞について熱く語り始めたのか分からない様だ。
「アドルフォ様。私が考えるに、今回の事は国王も関わっていて、アドルフォ様の廃嫡に力を貸している可能性があるとアドリエンヌ様が教えてくれました。それが本当に正しいのかどうかは分かりませんが、今の所、アドルフォ様の叔父であるジェラルドが投獄されたという話は耳に入って来ていない所を見ると、強ちその話しが嘘とも思えません。となると、アドルフォ様が取れる道は2つ」
そこで闇王様はゴクリと唾をのみ込んだ。
「国内に留まるか、国外へ逃げるか。国外へ逃げる場合は留学先が一番の候補になるのではないかなと思います。言葉の問題や知己がある事から、全く新しい国よりは楽に生活を立て直す事が出来ます。ただ、今回は留学ではなく働く事が目的となることと、アドルフォ様ご自身の立場が変わっているので、以前と同じ扱いになるかどうかは未知数です。後、あちらの国でどんな事業を始めるかというのもある意味博打的な要素を含んでいます。で、国内に留まる場合は、一旦は、或いはずっと平民として生きる事になります。地位等は手放さなければいけませんが、資金は私が出す事ができます。それに、ご自分で新しい事業を立ち上げても良いですが、ウチの雑誌部門に入社してもらい、この新聞を作って貰うと言う事を一つの案として考えました」
私の突拍子も無いアイデアは今に始まった事ではないけれど、闇王様の目は驚きに見開かれていた。
「国内に留まるなら、捕まらない様に平民にならなければいけないし、貴族関係の方たちに容易に顔を見れられる仕事では直ぐに身バレしてしまいます。かと言って、その辺の小さな店舗をと言っても遣り甲斐を感じる事は難しいのではないかなと思ったのです。だから、情報を売る!その為に、人を雇い、記事を書かせ、それを纏め、書き直し、一つの商品にする。それを例えば週刊で発行し、売る。どうでしょう?」
闇王様はまだ言葉を発していないが、じっと私の言うことに耳を傾けている。
「アドルフォ様。情報を制する者は世界を制するのです。ある程度新聞が一般的な物になれば、一般の平民たちに貴族の圧政に耐える必要は無いと新聞や雑誌、ビラを通して啓蒙する事すら出来るのですよ。そうなれば、アドルフォ様を害そうとした叔父君や国王を転覆させる事すら可能になるのです。どうですか?やってみませんか?」
私の演説とも言える長い話を聞き終わっても、闇王様はしばらく黙って考えていた。
話を聞いて「よし!やるぞ」という感じではないのだけれど、しっかりこっちの言いたい事は伝わっている気がする。




