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本日はちょっと長めです。

「部屋を一つ頼む。大きくないスイートルームを」

 ロビーでアドリエンヌ様と一緒に座って居た中年の貴族らしい男と服装から侍女だと推察できる中年の女性。

 その席からレセプションへ来た侍従っぽい男がそう言ったので、私はレセプションの職員に目配せをし用意しておいた部屋へ案内させた。


 今夜、私が指名したこちらの指示を良く理解し守ってくれる部屋付きのメイドに、どこに何があるかを客に説明して部屋を出ると、すぐ私に報告する様に指示していた。

 全員が件のスイートルームに入って程なくして、部屋付きメイドがレセプションに戻り報告してくれた。


 そのすぐ後、アドリエンヌ様の所の侍従が1階まで降りて来てじっと入口を見張る事のできる位置に立ち微動だにしない。 

 しばらくすると、両脇を屈強な男たちに抱えられた黒髪の青年が正面玄関から入り、アドリエンヌ様の所の侍従が素早く彼らの方へ近寄った。

「あ~あ、こんなに酔っぱらって。ささっ、もう部屋はとってあるので、こちらへ」と、さり気なく黒髪の青年がお酒に酔っているのを侍従たちが抱えている態を装いつつ、階段へ向かった。


 レセプションから見ていたら闇王様だと分かったが、意識が混濁しているのか、無いのか、自分の足では立っていない。

 そして彼らと一緒に一目で貴族と分かる中年の男と青年がそれに続いた。


 私はレセプション横の従業員専用の外付けスロープで一気に上に上がり、非常口の扉の前で立っているランビットの肩を軽く叩いた。

 通路側には清掃中の看板を掲げているので、少々扉が開いていてもおかしくは無いはずだ。


「今、叔父と思われる貴族が廊下の端に来たぞ」


 隙間から見ていると、その廊下をこの非常階段扉の向かいのスイートルームに向け、闇王様、1人の侍従、2人の下男、貴族2人が歩いて来る。

 未だ闇王様は顔を上げていないので、意識があるかどうかは分からない。

 自分で歩いてはおらず、両脇から抱えられており、足はつま先が床で引き摺られているのだ。

 

 そうこうしている内に一行が扉の前に到着し、スイートルームの中からドアが細目に開き、全員が中に入った。


 私はランビットと一緒に素早く通路に出、ドアに聞き耳を立て、入口付近に誰もいないのを確認する。

 マスターキーで静かにドアを開け、同じく非常階段に隠れさせていたウチの屈強な男性従業員2名と、ランビットと私の4名でささっと中に入り、一番手前の浴室の中に隠れる。

 もちろん戸は薄く開けておく。


「アドリエンヌ嬢。アドルフォはもう貴族の称号さえ持たない死にかけだよ。ウチの息子と婚約しなさい」

 恐らく闇王の叔父らしい人がアドリエンヌ様に話しかけている様だ。


「おじさま、アドルフォ様はまだ生きていらっしゃるのですか?だとしたらそんな床に寝かせないで、あちらの入口付近の部屋にベッドがあったので、そちらで休まさせて下さい」

「君は優しいんだね。でももうすぐ死ぬ奴を態々別の部屋へ連れて行って寝かせなくても。こいつにそんな価値はないよ」

 若い男の人の声に、これがアドリエンヌ様の新しい婚約者候補の闇王様の従兄だろうと推測した。


「でも、いくら貴族籍をはく奪され様と、トルマル様のお従弟なんですよ。血の繋がった者にもその様な仕打ちをされるとなると、結婚した場合、嫁である私はもっと酷い扱いをされるのではないかと心配になります。最低限の敬意は払うべきかと・・・・」

「アドリエンヌ嬢、あなたはとても優しい女性ですね。わかりました。ファンデ、こいつを入口横の部屋で寝かせておけ」

「「はい」」


 私たちが潜むお風呂の向かいの部屋に闇王様が連れ込まれたのだろう。

 そんな音がした。

 鍵のかかるスイートルーム内と言う事もあり、闇王様を両脇から抱えていた下男2人は居間の方へ戻って行った様だ。


「私がトルマル様と婚約して、もしアドルフォ様が平民になるとおっしゃったら、命は助けて頂けますか?」

 アドリエンヌ様がジェラルドと駆け引きをしている声が聞こえたが、その内容を確認するよりも早く、闇王様をここから連れ出さなければならない。

 物音を立ててはいけないので慎重に動かざるを得ないが、いつ何時彼らが闇王様の居る部屋へ戻って来るのか分からないので、薄目に開けた浴室のドアをゆっくりと開き、居間の方を窺う。

 

 ハンドサインでみんなに合図し、闇王様の居る部屋へ。

 闇王様は意識が無いのかも知れない。

 ベッドの上に投げ出されたままの姿勢で動かない。


「アドルフォ様。アウレリアです。ここから脱出します。声を上げないで下さい」と闇王様の耳元にくっつけた口から小声で話し掛ける。

 それでも闇王様に動きは無い。


「不安の材料は後々禍となって降りかかってくる事もあります。早めに芽を摘むのが良いでしょうが、我々は血だけは繋がっている正式な嫡子とは成りえない若者も、この手に掛けて命を奪うなどという意思は最初からありませんよ。なんなら、奴の居る所へ行って、奴の状態を確認しましょうか?」

 

 およ!こっちに来るの!?


「え?いえっ。いえ、おじ様、左様な事は考えていません。ただ床に寝かせて置くと言うのが気になっただけです。先ほど、ベッドの上に寝かせられる様にご指示を出されていたのを見ておりましたので、ちゃんとなされていると理解しております。確認の必要はありません」


 アドリエンヌ様の機転でなんとかこちらの部屋へ入って来られる事はなくなったみたい。

 これは急いで連れ出さないと・・・・。


 従業員2人に脇の下と足を抱えてもらい、私がメインのドアを開け、部屋の外へ運び出す。

 前もってドアの蝶番には油を刺していたので、ドアの開け閉めで音が出る事は無いと安心していたからか、鍵を落としてしまった。

 メインのドアを閉めた後だったから、中では聞こえなかったかもしれないけれど焦る。

 焦ると中々鍵を閉める事が出来ない。

 私が鍵と悪戦苦闘している間に、ランビットが非常階段のドアを開け、従業員2人に先に闇王様を1階まで運んでもらう。

 もちろん、鍵をかけ終ったら私もその後を追うのだ。


 中から誰も出て来ないので、鍵を落とした音は聞こえなかったか、聞こえていても気にしていないかなのだろう。

 私も慌てて非常階段を降り、マスターキーをレセプションの担当に渡してから、そのままの足で先行していたランビットたちに追いつく様走った。

 もちろん一般客が通る通路ではなく、従業員等が使う裏道だ。


 鉄道専用の門はごっつい鉄の門なのだが、人が一人ようやく通れるくらいの小さなドアが門の端に付いている。

 普段はがっちり施錠されているのだが、今はダンヒルさんが横に立っていて、前もって開錠してある。

 ダンヒルさんに扉を開けてもらい、閉まらない様に押さえてもらう。

 すぐさま門の外へ出て、そこに待たせてあった1つの車輛しかない鉄道に闇王様、ランビット、その日の午後急遽お願いして来てもらったダンテスさん、そして私が乗る。


 私が無言でダンヒルさんに頷くと、ダンヒルさんも頷いてくれた。

 すぐに車輛が動きだした。

 無灯なのでレールから外れない様に非常にゆっくりと。


 闇王様は向かい合わせの座席の間、床に何枚も畳まれた毛布で作られた簡易ベッドの上に寝かせられ、今、ランビットが吸い飲みで水をゆっくり傾けて、闇王様の口を湿らせている。


「生きているの?」

 思わずそう言ってしまうぐらい、闇王様はぐったりしている。

 闇王様の鼻の所に手を持って行ったランビットが「ありがたいことに生きてはいる」と確認してくれた。


 毛布の簡易ベッドに近づき、闇王様を近くで見る。

 カサカサの肌。

 お風呂にも入れてもらっていなかったのだろう。

 少し臭う。

 乾燥してひび割れた唇が今は吸い飲みの水で濡れている。


「この人はこんな扱いをして良い人ではないっ」

 その肌を優しくなぞると、そんな言葉が自分の口から吐き出す様に発せられていた。

 ランビットが私の両肩を後ろから優しく掴んで慰めようとしてくれるが、今慰めが必要なのは私じゃない!


 ポタ。

 ポタ。

 大きな雫が闇王様へ伸ばした私の腕に落ちた。

 ポタ。

 ポタ。


 最初、何か分からなかった。

 そして自分の瞳から大粒の涙が零れ落ちているのが、目の前に横たわる闇王様の姿が滲んで見える事で理解できた。

 だからランビットが私の肩を慰める様に掴んだんだ。


 情けなくて、悔しくて、心配で、そしてそして、悲しくて涙が止まらない。

 学園で、あややクラブでいつも溌剌としていたあの闇王様が、何故こんな目に遭わなければいけないのか?

 生まれながらにして人の上に立つ様に育てられ、太陽の申し子の様だった闇王様が力なく横たわっているのだ。

 

 ランビットが根気よく水を吸い飲みで与えていたら、漸く闇王様の目が開いた。

 目だけはギラギラしているが、自分で起き上がる事が出来ないくらい衰弱している様だ。


 ああ、この目。この目は闇王様の目だ。

 こんな目に合わされても意思だけは強い。

 その事にちょっとだけホッとした。

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脱水ヤバい人に真水はどうなん? せっかくリアたんがスキル持ちなんだから 経口補水液系を…動揺しすぎてて無理かな…
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