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私の事務所に来たアドリエンヌ様は若干顔色が悪く、少し取り乱している印象を受けた。
恐らくそれはいつもならきっちりとセットされている御髪が、少し乱れていたからだろう。
いや、それだけではなく若干やつれている感じがする。
「アウレリア。時間を取って下さって、ありがとう」
アドリエンヌ様にソファを勧めて、すぐに給仕に飲み物を持って来てもらった。
マナーから言えば、出された飲み物は飲まないと失礼にあたるのだが、今のアドリエンヌ様にはマナーの事まで気にする余裕が無いのか、お茶も飲まずに直ぐに本題に入られた。
「アドルフォ様が塔に閉じ込められています」
「えっ?塔ですか?どこの塔なのでしょう」
「クラッツオ家の塔ですわ」
「え?誰に?」
「良く聞いて下さい。アドルフォ様の叔父が、ご両親の死後、アドルフォ様が帰国するまで臨時の当主と伺っておりましたが、アドルフォ様が正式な後継ぎとは成りえないと、ご自分の後継ぎとしての正当性を主張され、アドルフォ様を塔へ閉じ込めているのですわ」
「ええ!?」
「アドルフォ様のお母親がお父親と結婚された際、まだ前夫と離婚手続きが成立していなかったので正式な夫婦ではなく、アドルフォ様は正式な後継ぎにはならないと言い出したの。それに死別に離婚手続きは不要と異議を唱えたアドルフォ様を塔に閉じ込めて、今、正に今、叔父である自分が正式な後継ぎであるという手続きを進められている所なのですわ」
「ええええ!」
「ウチのお父様によると、残念な事に、王様もそれを認める方向に傾いていらっしゃるの・・・・」
「え?何故?アドルフォ様のお母様は本当に正式に結婚されていらっしゃらなかったのですか?」
「いえ、ちゃんと書類も揃っているし、結婚されていらっしゃいます」
「なら、何故?」
「王様とジェラルド様の間で、何等かの取引が成立しているみたいなのです。それがどんな取引なのかは教えてもらえなかったのですが・・・・。どっちにしても王様が後押しをされているからか、正式な婚姻届けに細工をされたそうです。」
「ええ!?」
いくら取引をしたとしても、王様が自分の都合の良い様に貴族の跡取りを変更するとなれば、他の貴族も黙っていないと思うのだけれど・・・・。
「私もアドルフォ様が塔に閉じ込められてから直ぐに、お父様からアドルフォ様との婚約は破談になり、ジェラルド様の長男との婚約に切り替わると言いつけられました。もちろん断ってはいるのですが・・・・」
恐らく、アドリエンヌ様もご自分の父親からの圧力が凄いのだろう。
闇王様の帰国から既に4日くらいは経っている気がする。
私は正確な帰国日は知らないのだけれど・・・・。
「問題は、帰国後塔に閉じ込められているアドルフォ様はそれから一度も食事はおろか、水も与えられていないとのことなんです」
「えええ!?」
「ジェラルド様からしたら甥が亡くなってくれれば全ての問題が片付くのですもの・・・・。私も父から昨夜この話を聞くまでは、アドルフォ様がそんな過酷な状態で軟禁されているとは夢にも思っておりませんでした。アウレリア!何とか助けて下さい。私が唯一出来るのは、今は頑なに断り続けているジェラルド様の御子息との婚約を受け入れる代わりに、こちらのホテルで一度だけでもアドルフォ様と会わせてもらうとお父様にお願いする事くらいなのです」
「でも先方も素直にアドルフォ様を塔から出してウチのホテルへ連れて来るでしょうか?どちらかというとアドルフォ様の館での面談の方が楽なのでは?」
「ええ、先方はそう考えるでしょうね。でも、ウチの資本が喉から手が出る程欲しいのも確かなので、こちらの要望は聞くはずです」
「え?アドルフォ様の家って資金難なんですか?」
「いえ。個人的にアドルフォ様とお亡くなりになった父君は資金はお持ちですが、領地はそこまで資金はありません。治水に力を入れなければならない難所が数か所あって、領地としては黒字ではありますが、その費用に毎年結構なお金が流れ込んでいるのです。恐らくアドルフォ様の叔父は個人的な資金の持ち合わせが少ないのでしょう。だからウチの資金が欲しい。そうなれば、アドルフォ様の館で会うと、私の名節を汚してでもジェラルド様の御子息との婚約に持って行く可能性があるとお父様に言えば、結婚ではなく婚約程度で名節を汚されるリスクは重々承知しているはずです。だからこちらのホテルで会合と言っても通ると思います」
ウチのホテルで会合を持つ事が不可能でない事は分かったが、貴族の子女の政略結婚は親に言いつけられたら有無を言わさず結婚しなければならないものだと思い、どうやってアドリエンヌ様が父君に対抗していたのか疑問に思っていたら、「ハンガーストライキですわ」と教えてくれた。
だから若い女性にも関わらず首から胸元の肉が不自然に落ちている気がしたのか。
「ウチのホテルでと言う事は、おびき出させて、逃がすと言う事で合っていますか?」
「ええ、そうよ!」
「セシリオ様は一緒に帰国されたのですか?」
「いいえ、アドルフォ様だけで急遽帰国されたのです。恐らく、そろそろセシリオ様も帰国されるとは思いますが、まさか塔に閉じ込められているとは思っていらっしゃらないでしょう・・・・」
「アドルフォ様をこのホテルへ呼び出すのは今夜でも大丈夫ですか?水も与えられていないとなると、一刻を争います」
「お父様次第ですが、やってみます」
私は思わずダンヒルさんを見た。
ダンヒルさんは頷いてくれた。
「鉄道車両の用意を!それとランビットを呼んで下さい」
そう言ったら、もう一度頷いて事務室を出て行った。
アドリエンヌ様も頷いて同じドアから出て行った。
入れ替わりの様にして事務室に入って来たランビットにあらましを説明して、兎に角、闇王様を逃がす方向で動いてもらう様に手配してもらった。
「夜だと城門が閉まっていますね。鉄道の車輛は鉄道専用門の外側に用意しておきます。運び出すのは鉄道専用門の勝手口からそうっとですね」
「ランビット、水や流動食とかフルーツ、そして清潔な服やたくさんの毛布なども車輛の中に用意して。後、ケヴィンにどっち方面に移動すれば良いかだけ確認してっ!」
「分かった!」
「部屋は通用口の近くの部屋を押さえて。で、闇王様を抱えて素早く移動しないといけないので、男手を数人、信頼できる者から選んで」
ランビットは頷きながら事務室を後にした。




