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ここの所、大公館へ大公様のお見舞いへ行く回数が減っている。
それは私の都合がどうのこうのではなく、大公様の健康状態が見舞客や見舞いの回数そのものを絞り込まないと、かえって大公様の健康を害してしまうという医者の見立てによるものだ。
まぁ、医者でなくても素人の私たちでもお見舞いに行く度にウトウトされている大公様を見れば一目瞭然だとは思う。
頬も痩けていらっしゃるし、何より肌が土気色なんだよね。
お年がお年なのでしょうがないと考えはするものの、今までそっと背中を支えて下さっていた手が知らない間になくなっている様な、そんな喪失感というか、不安に包まれる。
それは精鋭のみんなも一緒の様で、最初はバラバラにお見舞いしていたのだけれど、見舞いの回数が絞られるに従って、3人ずつ、2人ずつと言った感じで纏まってお見舞いに行く様になった。
そうするとお見舞いの後、自然と大公様の話や鉄道商会の話になってしまう。
何故なら、鉄道の運営商会の主は大公様の精鋭が全員なのだ。
大公様は私たち精鋭が政治的に搾取されるのを見通し、恐れたのだろう。
現王の叔父という立場を利用して、レールの敷かれている土地は本来の領主の権限から引き離し、鉄道商会の持ち物としてくれた。
これって超法規的処置と言える。
だって普通はあり得ない。
本来なら鉄道列車が各領主の領地に入ったタイミングで通行税が発するケースも考えられたのだが、国内の流通革命のために、その愚を取り除くとし、ウチの鉄道商会の領地と言う細長い領地が色んな領地を横断しているのだ。
だからこそ、鉄道の乗客は乗るための切符は購入しなければいけないが、通行料は払わなくて良いのだ。
そして鉄道事業を行っている限り未来永劫、どの王も領主も正式な手続きを経て鉄道商会が入手した土地を取り上げたり、活用する事は禁止されているのだ。
これらの土地を領地権から切り離すために、大公様がどれだけの政治力と資金をつぎ込まれたのかは知らないが、相当お手を煩わせたと言う事は容易に想像が付く。
精鋭のみんなは、まず自分の能力を見つけて下さった事に感謝し、それを後押しして下さった事に感謝。最後にご自分が身罷られても大丈夫な様に、精鋭全員の未来を確固たるものにして下さった鉄道事業の後押しに感謝している。
元あややクラブの留学組の帰国を目前にしたタイミングで、とうとう、大公様の中でなんとか保っていた火が消えてしまったのは、しょうがないと思いつつもやるせなかった。
最後の瞬間には大公館の雇人全員、ダンヒルさん、そして私達精鋭の全員が大公様の枕元に揃った。
「大公様。精鋭の皆さまがお出でですよ。皆、大公様を心の底から慕っております。もちろん、このお屋敷で働かせて頂いている皆も大公様を慕っております」
筆頭執事のカルロスさんが大公様の耳元で話し掛けられましたが、大公様はもう2日前から呼吸はされているが、ご自分から体の一部を動かしたり、言葉を発せられる事は無い。
私たち全員が思う事は、大公様が苦しまずに眠る様に天に召される事だった。
この世知辛い世で、私たちの様な者に手を差し伸べ続けてくれたこの偉大な方の最後に、苦しい思いだけはして頂きたくない。
みんながそう願っていた。
もっと生きていて欲しいけれど、こちらの平均寿命より可成り長く生きて来られたので、ご自分の体を自由に動かせなくなった大公様にそれ以上を望むのも心苦しい。
みんなの望みが叶ったのか、大公様は最後何時亡くなられたのか分からないくらい穏やかに眠る様に天に召された。
声を上げて泣く者はいなかったが、みんな頬は濡れていた。
なんか大公様ってそんな感じの方だった。
いなくなられるのは心底寂しい。でも慟哭する様にその命を引き留めるのは大公様の意思に反する様な気がする。
なので声を出して泣かないけれど、自然に目から涙が零れる。
お葬式はしめやかに執り行われた。
鉄道の駅や私のホテルはじめ精鋭たちの施設全部に大公様の銅像や肖像が飾られた。
だって生きていらっしゃった時はご自分を前面に出す事を嫌がられたから。
でも遺言の中に銅像や肖像に関する文言は無かったし、この世にこんなに凄い人がいたんだと残したかったのだ。
銅像や肖像があるからと言って第2、第3の大公様が将来出て来るとは言わないが、それでも大公様の意向を末代までも伝えて、大公様の意向を継いだ誰かが遠い未来にでも現れてくれたら良いなと思う。
このオルダル国には国の事を思い、ひっそりと活動されていた方が居たのだと国民に知ってもらいたかったのだ。
もしかしたら大公様はふっと笑って、銅像とか肖像は辞めて欲しかったなぁっておっしゃっているかもしれないけど・・・・。
あややクラブの同窓会はそんな大公様を失って間もない時に開いた。
闇王様やセシリオ様の帰国期間が頗る短いからもっと時間を置く事が出来なかったのだ。
会場はもちろんウチの王都店。
前回と同じ様に貸会議室を会食用に設えた。
本来ならメニュー等も私が考えるのだけれど、まだ私にその力は戻っていなかったので、調理場に全て任せた。
私の状態を良く知っているランビットがすごく動いてくれた。
自分だけでは決められない事は、調理場とかの関係者に色々聞いてくれて、最後まで調整してくれた。
その甲斐あって会議室の中はとても居心地の良い会食会場に早変わりしていた。
今日、ランビットと私はみんなをその貸会議室で迎え入れるため待っていた。
今回は全員参加なのだ。
ヘルマン様やメグたんの移動や宿泊までちゃんとランビットが手配してくれているし、今回はすぐ留学先にとんぼ返りする2人や今まで顔を見る事すらできなかったアドリエンヌ様のためにお土産までちゃんと用意してくれていた。
最初の一人が到着した様だ。
会議室のドアが開いた。