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「その節はとてもお世話になりました」
ホテルの会議室に上等なテーブルと椅子、もちろんセッティングもテーブルクロスからナプキンに至るまで、豪奢な雰囲気で纏めさせてもらいました。
そんな会議室の中で前宰相様が父さんに向かって王宮の晩餐会について軽く感謝の意を述べて下さった。
私は同席せず、隣の控室に居る。
控室にはナプキンやグラスの予備が置いてあり、何かが起こった時に備えてスタッフが待機する場所なのだ。
こちらの姿は先方には見えないが、壁を上手い事引っ込めて小さなスペースが会議室にくっつけているので会話は聞こうと思えば聞こえるのだ。
まずはカクテルをとトマムさんが直々に前宰相の目の前でご希望のカクテルを作った。
前宰相はなんとジントニックをご希望された。
父さんはシェリー酒なんだけどね。
どちらもあまり装飾が凝ったカクテルではないので華やかさには欠けるが、飲めばガツンとお酒そのものの味が楽しめる食前酒。
女性よりも男性に人気というのはなんとなく分かる。
今日はアミューズは鮭3種。
燻製したもの、マリネ、そして薄目の刺身なんだけどバレない様に一口大のポテトサラダを上に載せたもの。
「相変わらず美味しゅございます」
前宰相様はカトラリーを上品に扱いながら、全てのアミューズを胃に収めた。
「ありがとうございます」
父さんもニッコリと応える。
「スープでございます。魚介のブイヤベースにございます」
前にどこかの貴族家に数十年つとめいてた女性の給仕係が音も立てずにスープ皿を並べる。
「ほほう、こちらも海老など魚介類がふんだんに入って見た目も良いスープでございますねぇ」
「はい。魚介類がお好きと言う事で、大公様の精鋭の御一方、ペドロ様から仕入れさせて頂いた鮮度の良いものを使わせて頂いております」
「ふむふむ」
メインのお皿が出る前に、前宰相様から「そちらはレストランだけを経営するのかと思っておりましたら、いつの間にか高級ホテルやらビジネスホテルやら経営され、果てはご家族が鉄道運営にも関係され、我が国全土に事業規模が広がりましたねぇ。あなたの様な朴訥な御仁が、ここまでの商才をお持ちだったとは、御見逸れしました」と話を振ってくれた。
そこですかさず父さんが「はい。お陰様で娘がご縁があり大公様の御指示に従っておりましたら、この様な大規模な事業となりまして勿体ない事です。私どもの力だけでは到底レストラン一つだけでも経営するのは難しかったでしょう」とブイヤベースの海老の頭と身を離し汚れた指先をフィンガーボールに浸けながらカジノについての話をどの様に切り出すのか考えているみたいだった。
でも、話しあぐねている父さんを不憫に思ったのか、元宰相様の方から話題を振ってくれた。
「今回、どうして私がここでお呼ばれすることになったのか、私なりに考えてみました。恐らくカジノの事ではございませんか」
流石、元一国の宰相まで務めた男。
ドンピシャだよ。
「閣下、ご慧眼恐れ入ります」
「なに、フローリストガーデンの高級ホテルと言えば会員制クラブやカジノで名を馳せていらっしゃいますからね」
「恐れ入ります」
「侯爵が大公様に対抗心を燃やしているのは貴族の間では周知の事実ですし、今まで一度もかの御仁は大公様に勝利した事はございませんでしたからね。賭博は儲けも大きいですし・・・・。ただ、侯爵はやり過ぎましたね。あれだけの破産者を出してしまえば、王も国として何らかの措置を取らざるを得ないのはやむを得ないと言うものでございましょう」
「・・・・」
「で、私をこの様に接待して頂いたのは、辞職したと言えど未だ王宮内に幾つかの伝手のある私に王へのとりなしをして欲しいという事ではございませんか?」
「さ・左様にございます。前宰相様を利用するといった不届きな気持ちは無いのですが、お礼は十分にさせて頂きますので、お力を貸して頂けないでしょうか?」
父さんはナプキンで額に浮いた汗を拭き拭き前宰相様のおでこ辺りを見つめている。
「分かりました。それでどうされたいのですか?」
父さんは、ウチは破産者を出さない様に最初から工夫して来た事。それでも数名の破産者を出してしまったが、それを避けるには月辺りの利用回数制限を設ける事ぐらいしか手は無く、また、その手段を取る覚悟がある事などを食事の間滔々と説明した。
「分かりました。元々、この法律は例の侯爵が経営している賭場をターゲットにした物なので、王様に説明すれば適用除外条項を設けられる可能性はあります。ただ、本当にその様な条項を付加されるかどうかはお約束できません」
「もちろんです。お話を持って行って頂けるだけで、ウチとしてはありがたいのです。お願いしてもよろしいでしょうか?」
前宰相はニッコリ笑って引き受けてくれた。
「お礼は何が良いでしょうか」と父さんが聞くと、「私は既に会員制クラブには所属させてもらっているので、それ以外となりますと・・・・鉄道。鉄道を複数回使わせてもらいたいですね」と言われたので、成功してもしなくても王様に話を持って行ってもらうだけで鉄道の回数券をお渡しする事で話が付いた。
「成功しましたら、またこの様にお祝いのお食事を致しますので、どうぞよろしくお願い致します」
父さんの一言で前宰相はテーブルをぐるっと見回し、今晩のメニューを思い返しているのだろう、最後には笑顔になって頷いていた。
今夜のメインは魚介と並んで前宰相様の大好きな子羊のクリーム煮だったのだ。
そう、あの王宮の晩餐会の時、急遽作ったあのお皿だ。
作り方は簡単でも、他のどの店でも作っていないので、今夜の食事の時もとても喜んでもらえたからね。
次回、適用除外条項が出来たお祝いになるといいなぁ。その時は何を作ろうと思いつつ、夜は更けていった。




