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「マルコ書房のファン・マルコと申します」
「フローリストガーデンチェーンのギジェルモと申します。レストランでは支配人、ホテルチェーンの方はビジネスホテルも併せて経営責任者と言う役職に就いております」
「フローリストガーデンチェーンのダンテスと申します。チェーン全体の事務補佐をしております。そしてこちらが大公様の精鋭の一人でもあり、フローリストガーデンと鉄道会社の所有者の一人でもあられるアウレリア様です」
「アウレリアと申します。どうぞよろしくお願い致します」
朝食営業が終ったビジネスホテルの食堂を閉め切ってマルコ書店の持ち主との会合が始まった。
「こちらが出版して頂きたい雑誌です」と、私は昨夜父さんがこの駅町に到着するまでに必死で作ったサンプルを差し出した。
「雑誌とは?」
鳥の巣頭のマルコさんがサンプルを手に聞いて来た。
「本とは異なる書籍になります。まず、立派な表紙が無いのが大きな違いで、ページ数も少ない安い本の事をそう呼ぼうと思っています」
私がそう答えると、「ほぉ、流石、鉄道なんて言う凄い物を考えつかれる方はお年は若くても様々な発想に溢れていらっしゃるのですね。我がマルコ書房にお声をお掛け下さって本当に嬉しく思います。我が書房にも鉄道と同じ様に新しい風を吹き込んで頂ければ嬉しいですなぁ」とこれぞ商人という見様によっては嫌らしいとも胡散臭いとも取れる笑みを浮かべた顔でサンプルをパラパラとめくっている。
だが、このマルコさん、名前で分かる様に苗字付き、つまり貴族出身なのだ。
顧客の殆どが貴族である現代の書籍事情に沿って、書房の経営者も殆どが貴族か貴族出身者だ。
お主も悪のよぉと言いたくなる様な笑みを浮かべたマルコさんは、サンプルを複数見て、「これは?」と言う疑問でいっぱいの眼差しを向けて来た。
手渡したサンプルを理解できなかったのだろう。
「これはナンプレと言います。こっちのはクロスワードと言います。そしてこっちのはお絵描きロジックです。全部、時間潰しに使う物になります」
「時間潰しですか?」
「はい、そうです。今回、マルコさんには鉄道を使ってヤンデーノからここまでお越し頂きましたが、どうでしたか?」
私が突然話題を変えたと思ったのだろう。
マルコさんはちょっと驚いた顔をしたけれども、そこは工房の親方兼商売人でもあるので、直ぐにこっちの話に話を合わせてくれた。
「快適でしたよ。揺れる事もなかったですし、本を読んだり、寝たり、景色を楽しんだりできましたし、何より一介の商人というだけの私が今流行りの鉄道に乗る事が出来て、とても感謝していますよ」
「快適でしたのなら何よりです。でも、おっしゃられた様に、移動中はする事が無い、そうですね?」
「えっ!?でも、それは馬車で移動するとお尻が痛くなる程揺れてしまうし、余りの揺れに寝る事すらできない事を考えたら、する事が無いのはありがたいくらいですよ?」
「ええ。それは分かります。でも、今回、マルコさんはヤンデーノからヤンモリ駅町までの短い間しか移動されてませんが、お貴族様の中にはゴンスンデからヤンデーノまで鉄道を使って移動される方も結構いらっしゃるのですよ」
「ええ、そういう話は良く聞きますね」
「なので、そういう方は鉄道は快適であっても、移動中はする事が無いのですよ。中にはお酒を飲んだりする方もいらっしゃいますが、酔っぱらって周りの乗客に迷惑を掛ける方をウチとしては避けたいんですよね」
「はぁ・・・・」
「そこで、移動中にお酒を飲む以外に静かに時間を潰してもらう方法を考えたんです」
「ほぉ」
「これらはパズルという遊ぶ道具なのです」
「これがですか?」
「はい」
そう言って私は先ほど渡したサンプルの中からお絵描きロジックを取り出した。
簡単に遊べる様に15×15マスの物で、やり方を教えてマルコさんに体験をしてもらう。
時間は掛かったけれど、出来上がったのはこちらの世界に居るマンボウに似た魚の絵だ。
お絵描きロジックを成立させるには記号文化を持つ社会である事が最低条件だと私は思っている。
だって飽きが来るまでに完成させるとなるとマス目の数はある程度限られて来る。
その限られたマス数の中で白黒で浮かび上がってくる絵となると、記号の様な物にならざるを得ない。
そして続けて遊んで貰うためには、その少ないマス目数で達成感を味わってもらう必要があり、『これなら自分でも出来る』と思ってもらい、『今度はもう少し難し目のをやってみようかな?』と思ってもらう必要があるのだ。
クロスワードは言葉で遊ぶ事になるし、ナンプレは計算が出来ないと遊べないのでお貴族様か学校へ通って文字を知っている若い平民層がターゲットになるのだが、お絵描きロジックは一桁の数字が分かればどんな層の人でも遊べるので、私としてはお絵描きロジックに一番力を入れたいのだ。
まぁ今の段階で鉄道を使える様な商人なら大なり小なり文字くらいは読めて書けるとは思うけれど、クロスワードを楽しめるくらいのボキャブラリーは本をたくさん読んでいないと無理なのだ。
結局、お絵描きロジックを楽しんでもらうには、絵を記号として認識してもらう必要がある。
だからこのマンボウに似たサルメルと言う魚の形は物を記号化するのにとても良いと思ったのだ。
案の定、マルコさんは「おおお!これはサルメルですね」と喜んでいる。
「はい、この様に一人で静かに遊ぶ事が出来る物なんです。これだと学校に通った事の無い人でも遊べます。で、こっちのクロスワードですが・・・・」とクロスワードと、続いてナンプレについても遊び方を教えると、「これは売れますよ!で、駅のコンビニで売るんですか?」と早くも乗り気だ。
私が自分の仕事を増やしてまでパズルを作りたかった訳は、お酒でべろんべろんになって回りの客に迷惑を掛ける乗客を減らす事と、自分が移動中暇だからなのだ。
もちろん書類等を持ち込んで作業したりするけれど、それでも時折仕事以外の事をしたいというのもある。
小説もあらかた手に入る物は読みつくしたし、何より本は表紙の装丁がとっても豪華な物が多く重たく値段も高いのだ。
おいそれと購入するのもためらわれる程には・・・・。
だから、自分のために作りたいというのが理由の一つで、それなら売って儲けたいというのも一つ。
自分が遊ぶ用のパズルは自分で作るのではなく、他人が作った物を解かねば意味がないので、そういう意味でも商業ベースに持って行きたい。
さあ、その為にもこの商談を成功させねばっ。
「その心算です。こういう感じで難易度の違う物を数ページ作って、簡単に製本した物を大量に作って欲しいんです」
「大量にですか?」
「そうです」
「写本をしてくれている職人を増やす必要がありますね」と言うマルコさんに対して私はニヤリと笑った。




