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「今晩の宿をお願いしたい」
「はい、何名様でしょうか?」
「主人家族が5名、使用人が3名の計8名だ」
「何泊のご予定でしょうか?」
「1泊だ」
「かしこまりました。お部屋のタイプですが、当ビジネスホテルにはダブルとシングルしかお部屋がございません。どの様な部屋割りをお望みでしょうか」
どうみても貴族家のお仕着せを着た使用人風の男は「主人夫婦に一部屋、子供は3人だがどうしても一部屋に纏まらないか?」と聞いて来た。
「そうですね、ベッドを二つ合わせてお子様3名で寝て頂くか、上のお子様お二人で一部屋お使いいただいて、下のお子様はメイドの方と同室にして頂くというのはいかがでしょうか?」
「フローリストガーデンホテルではエクストラベッドと言うのを用意してもらった事があるのだが、ここではそういうサービスは無いのか?」
「申し訳ございません。こちらは同じオーナーが経営するホテルでもビジネスホテルになりますので、そう言ったご用意は無いんです」
貴族家の5男であるヤンモリ店支配人の40代の男が笑みが残る顔をどこぞの使用人へ向けた。
ビジネスホテルではレセプションには日中は常に2人体制で客に対応してもらっているが、夜間は1名になる。
普段、支配人も他の担当と一緒にレセプションに立ち、接客を担当している。
調理場には料理長1名と下働き2名、給仕は2名なのだが、ここでは基本1種類の定食しか提供していないので、トレイを運び、食べ終わった客の座って居たテーブルを綺麗にし、次の客を案内する事くらいしかしてもらっていない。
まぁ席数が多いから給仕2名でなんとか回していると言っていいけれど、それはトレイの配膳だけじゃなくて飲み物のサーブもあるからなんだけどね。
だから手間のかかる紅茶なんかはメニューに入れずエールと水のみなのだ。
庭園も無いので庭師もいないし、馬車客を相手にしていないので馬房も無い。
後は清掃係と洗濯係が数名居て、客室を整えたり、リネンを常に清潔にする事に注力してもらっている。
フローリストガーデンホテルに比べると、ものすごい小さな世帯と言っていいだろう。
それでもこれが馬鹿に出来ない。
可成りの利益を上げているのだ。
事務仕事はグランドキッチンと同じで王都で一括管理している。
結局、グラタンやシチュー等は途中までポンタ村に建てたグランドキッチンで一括調理し、冷凍した物を鉄道で各ビジネスホテルに運んでそれを最後の仕上げでオーブンに入れたり、温めたりして客に提供してもらっている。
パンもオーブンに入れるだけの状態にした種を冷凍した物をグランドキッチンで作っているが、これはビジネスホテルだけではなくフローリストガーデンホテルとレストラン全店で提供している。
ビジネスホテルの調理場ではサラダやステーキは各ビジネスホテルの調理場で作ってもらっているが、デザートはフルーツのみの提供にしている為、調理場は料理長1人と皿洗い要員の2名の下働きだけで十分動かしていける。
これ以上、雇人を増やしたくないので食堂の営業時間も朝と夜だけで、ランチは閉めている。
だって朝早くに鉄道が発車し、次の便が到着するのは夕方だから、お昼は営業してもペイしないのだ。
お陰で、鉄道で移動してくる多くの客の内、数日駅に滞在する商人などは他の食堂などで昼ご飯を食べなくてはいけなくなり、駅をぐるっと囲む様に建っている有象無象の食堂もなんとか営業できている様だ。
「お嬢様、お待たせしました」
ヤンモリ店の支配人が先ほどのどこかの貴族家の使用人への対応を終えて、私の方を向いて御用聞きの様な姿勢で簡易帳簿を差し出した。
毎日、何人が何部屋に泊まったかと、食事を何人が摂ったかの記録だ。
もし入金を誤魔化す様な不届きな使用人が居たとしても、鉄道の客の数を私が所属している鉄道会社の記録と照らし合わせれば不正が分かってしまうので誤魔化される事は無いだろうが、ヤンモリ店に関しては馬車でもこの街に来る客が増えているので、管理が難しいのだ。
ウチのビジネスホテルには馬房が無いのに、結構な数の馬車移動のお貴族様がウチに泊まってくれる。
馬車と馬はどうするのかというと、どこかの目端の利く商人がホテル近くの土地を手に入れ、そこに馬房を建てたので、お金を払ってそこに馬と馬車を預け、宿泊と食事はウチでというのが結構な数いるらしい。
フローリストガーデンホテルに泊まるのなら分かるのだけれど、スイートルームの無いビジネスホテルに貴族が争う様に泊まると言うのが私には理解できないでいた。
「お嬢様。ビジネスホテルと言えど、綺麗な建物で、食事にハズレが無いと言うのはありがたい事なんです」とダンヒルさんは言う。
でもそれくらいなら態々鉄道を使う人で一杯な駅町に泊まらなくても、旧街道の方の宿にも同じような料理を出す所があると思うんだけどなぁ。
だって、ウチのビジネスホテルでの食事は他の村などの宿と同じ様なメニューなんだよ?
「味にハズレが無いですし、パンは白パンでいつもふんわりですし、スープも他では使っていない調味料が使われています。部屋も掃除が徹底されていますしね」
そんなもんだろうか?
他では使っていない調味料を使っているから、ウチの定食は他の宿屋より多少割高になってるんだけどなぁ。
態々旧街道から新街道に切り替え、駅町に来てもビジネスホテルは満室な事もあるし、そうしたら他の宿に泊まる事になるし・・・・。
「でも、それでも食事はビジネスホテルで摂る事もできますし、コンビニでお弁当を購入する事だって出来ますしね」
う~ん、まぁ、ダンヒルさんが言う様に、ウチのホテル関係に入っているフェリーペん所のコンビニで売っているサンドイッチやお弁当はウチのグランドキッチンから卸しているから、まぁ味にハズレは無く人気なんだそうだ。
それよりも私は出版業を行っている業者さんと会うためにこのヤンモリ店に来たので、明日の会合に向けて用意しないとだね。
支配人から帳簿を預かり、これはダンヒルさんにチェックしてもらおうとダンヒルさんに手渡した。
今夜の便で父さんもここに来る予定だから、私は夕食までには用意を済ませておかないと父さんを待たせちゃう事になる。よっし!準備しよう!




