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ノエミにとっては初めての王都なのだろう。
まず鉄道から降りて駅を見て「ふぇ~」と変な声を出し、王都のホテルへと続くコンコースを見て「うにゃぁ」と言い、ホテルの中に入るともう声さえ出せない様だった。
ノエミは田舎型のホテルしか見てないものね。
ヤンデーノや王都、ゴンスンデの様な都会型のホテルはナイトル村とかの田舎型とはちょっと違うものね。
建物の大きさも全然違うしね。
その分庭園は幾分狭いんだけれどね。
まず王都見学をしたいとの事だったので、たまたま王都に戻っていたランビットにお願いして連れて行ってもらった。
「すんごいっす。お城ってあんじょう大きいんすね。街中も人がいっぺぇでお祭りみたいだったっす。店もめちゃんこいっぺぇで、もう本当におったまげたっす」
最近は語尾こそ『っす』で終わるのは変わっていないけれど、たくさんの人と会話する事が多くて可成り方言が矯正されていたのに、今日は驚きで昔の方言が強く出ていた。
今日一日はノエミの興奮は収まらないと見て取ったので、仕事は明日からにしましょうと、社員寮にノエミを放り込んだ。
今日は工業団地から態々ノエミに出て来てもらい、ダンヒルさん、ランビットとゼットと4人で今後の製造計画とそれに伴う原材料の入手計画を立ててもらうのが狙いだった。
まぁ、1日2日は待てるので会議は明日でも良いんだけれど、ゼットがちゃんとヤル気を出してくれるかどうかの方が問題なんだよねぇ。
一夜明けて今日はノエミたちの会議の日だ。
私は出席しないので、自分専用の事務所でお仕事の日になるのだが、今日は珍しくホテル内のレストランでダンヒルさんと一緒にランチを摂った。
これはレストランが問題なく機能しているかどうかを確認するためで、普段は家に戻って食べたり、時間が無い時は食事を事務所まで運んでもらい、一人で事務所で食べるのが普通だ。
食べていると、ふと見知った人たちがレストランに入って来たのが見てとれた。
ゼットと卒園してまで顔を見るとは思っていなかったガスペール先生と、後いかにも平民という小ぎれいな女性だ。
じっとそっちを見ていたら、ガスペール先生がこっちに気付いた様で、ニコニコしながらこっちへ寄って来た。
「よう!元気だったか?お前も大出世だなぁ」
座って良いなんて一言も言ってないのに、私とダンヒルさんが食事をしている席の空いてる椅子にドカっと座った。
一緒に居た女性の方がオタオタしながら、「あなた!ご迷惑ですよ」とガスペール先生の右袖をしきりに引っ張りながら、こちらにすまなさそうな顔を向けた。
へぇ、多分だけど、これが結婚したばっかりの頃、ガスペール先生を骨抜きにしていた奥さんなんだろうなぁ。
「いいんだよ、お前。俺の教え子だ」
「でも・・・・」
見ればゼットもこっちのテーブルに近寄りながら4人テーブルの為に4脚しかない椅子を見て、他のテーブルから空いている椅子を持って来て、さっさと私たちのテーブルに着いた。
「お嬢様、今日のお昼はお嬢様のおごりって事でしくよろ」とか、世迷言を言いつつガスペール先生の奥様の席を座りやすい様に片手で後ろに引いてやっていた。
「アウレリア様の恩師の方ですか?」
ダンヒルさんが気を利かせてガスペール先生に聞くと、ニヤリと笑って「そうなんですよ。4年間ずっと担当でした」と答え、さっさと隣のテーブルに置いてあったメニューを取り上げ、どの料理を頼むか真剣に悩んでいる様だ。
「あなたっ。ご迷惑ですよ」
ガスペール先生の奥さんは常識的な人の様で、しきりと私の表情を読もうとしているが、外見は子供でも中身は前世と前々世と合わせると結構な年齢の私は、表情を読ませなかった。
「なぁ、このウズラのテリーヌってどんな料理なんだ?」とガスペール先生はいつもの様に自分のペースだ。
ダンヒルさんが教えている間に給仕が来た。
「お前も好きな物を頼め。こいつは俺の教え子でここのホテルのオーナーだから、何を頼んでも懐は痛まないと思うぞ」と、注文を渋る奥さんのために勝手にいろんな料理を注文していった。
その辺はゼットも同じで、昼間っからカクテルまで頼んでいるよ。
ガスペール先生の奥さんがこちらを気にして注文出来ない様だったので、「恩師にごちそう出来る機会はそうはないので、よろしかったらお好きな物をどうぞ」と言うと、「「やった~」」と男2人がニヤけた顔で歓声を上げた。
「ランチでお酒を飲むのはいいですが、午後のお仕事があるのでは?」とゼットを睨むと、ニヤっと笑ったゼットが「一杯だけだからどうって事ないですよ。いつもランチでは一杯飲んでるしね」と悪びれず答えた。
ゼットもガスペール先生もニヤニヤ笑ってる顔がなんかとても似ている気がした。
ガスペール先生の顔の造作は美しいとは言えず、ゼットは気だるげではあるが一応ハンサムの部分に入るのだが、何か雰囲気がとても良く似ている。
頼んだ料理が来ると待ってましたとばかりに早速カトラリーを手に料理を食べだしたガスペール先生、まずはカクテルをゆっくり楽しんでいるゼット、こちらをしきりに気にしている奥さんを見渡し、私は奥さんにはニッコリほほ笑み、「在学中はガスペール先生のクラスだったんです。どうかお気になさらず料理が冷める前に召し上がり下さい」と言うと、「な?だから言ったろ。俺の生徒だったんだから、恩師に食事を奢るくらいなんともないって」と横からガスペール先生が口を挟んで来る。
奥さんが気に病む事は無いので、もう一度奥さんにだけ笑みを向け私たちも食事を続ける。
ガスペール先生は周りを気にする事なく、テリーヌをフォークだけで切り分け、大きな塊を口に入れ、まだ口の中に料理が残っているのに、「弟がお前ん所で働いているってんで、今日はそのホテルって言う物を見たくてなぁ」なんて言って来た。
ん?弟?
「あ、俺、こいつの弟だから」
ゼットが爆弾発言をした直後、「俺も教師を辞めてここで働くのもいいかもな」なんて言い出したガスペール先生を思いっきり睨んでしまった私を責める人はいないと思う。




