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「アウレリア様、今週の食材手配書です」
そういって私の事務机の上に乱雑に書きなぐられた様な文字で書かれた書類を、ダンヒルさんが置いてくれた。
昔の日本の事務所を見習って私のデスクの上には箱が2つ並んで置いてある。
未決箱と決済箱である。
私に目を通して欲しい書類は未決箱、私が目を通した書類は決裁箱に入れてある。
このきったない字はゼットで間違いなだろう。
あの男、実は字がとても綺麗なんだよね。
だって誰かに宛てたラブレターらしきものを見た事があるけれど、流麗な美しい字で書かれていた。
でも、仕事で作成する書類の字は漏れなく汚い。
何かそこはかとない悪意まで感じてしまうよ。
全力で仕事したくない感が半端ない。
ならどうしてウチで働いているかというと、長男ではないからだ。
家を継げない者は家で飼い殺しとなるか、独立するしかないのだが、奴は独立を選んだ。
実家にも束縛されたくないそうだ。
さもありなん!
でも、根が怠け者だから働きたくは無いらしい。
衣食住に足りる金さえ稼げれば良いと言いつつ、結構高級な物を持ち歩いていたりもする。
どうやらそれは母親とか都度付き合っている女性たちからの貢ぎ物らしい。
束縛が嫌なんだそうで、一人の女性と長く付き合う事を避けているらしく、新しい恋人が出来るたび、奴の持ち物が増えるのだ。
仕事が出来ないのなら首にすれば良い事なんだけど、残念ながら就業態度は悪くても、仕事は出来る奴なんだよねぇ。
しかし、奴の中にこの給料ならここまでっていう仕事のラインがあるらしく、決してそのラインからはみ出してまでは働いてはくれない。
しかもそのラインは奴にとって都合の良いとっても低いラインなのだ。
「ゼットの仕事に不満ですか?」と私の表情を見てダンヒルさんが苦笑いしている。
「んっと、満足ではないけれど、不満があるわけじゃないんです・・・・。もっと働いてくれれば満点の社員なんですけどねぇ」
「まぁ、ゼットはやる気の無い職員なのでそれは難しいですね。仕事は出来る男なんですけれどね・・・・」
十人が十人、ゼットの仕事振りには同じジャッジをするだろうなぁ。
仕事が出来るから作業が早くて、就業時間なのにサボる事ができているってのもある。
奴がノエミやランビットくらい滅私奉公してくれればいいんだけれどねぇ、こればっかりは無い物ねだりだね。
「ゼットですか?あいつは王都の大手商家の3男坊ですよ。貴族じゃないですよ」とはゼットの不遜振りについて話していた私のコメントを聞いたダンヒルさん。
え?そうなの?
あのデカダンスな雰囲気はてっきりお貴族様の3男坊かと思ってたよ。
「ゴンスンデのデパートにも入店しているカバン屋があいつの実家ですよ」
ほぉぉぉぉ。
「あのまま実家に居ると無料でこき使われるのが嫌だから仕事をくれって私に言って来たのでご紹介したんです。性格に多少難はあっても仕事はできるので・・・・」
そうだったゼットはダンヒルさんの紹介でウチに入社したんだった。
あの美貌、あの雰囲気、本当はフロントとかバーテンダーとか人目に付く所で仕事をしてもらいたかったんだけれど、本人が顔出しは嫌だと頑なだったんだよね。
で、試しに裏方である食材の手配と配送をお願いしてみたら、それがすんごく仕事が出来て、ちゃっちゃと手配を済ますし、食材が痛まない配慮とかも万全で鉄道で輸送しても食材ロスが少なくて済んでる。
何よりもヤンデーノ店で食材をちょろまかしてた料理長を発見して吊るし上げるだけの証拠をせっせと集めてくれた。
それもヤンデーノ店に一歩も足を踏み入れる事無く!
まじでヤバイってくらい仕事が出来るから、多少サボり癖がある程度では首を切る事が出来ないんだよねぇ。
調味料工業団地の方で食材の手配と管理をお願いしたいと言ってみたけれど、「俺は都会で活きるタイプの男なんで・・・・」とニヤっと笑って思いっきり断って来た。
本当はノエミと二人三脚でいろんなお酒とか調味料を開発するために食材集めとかして欲しかったのに・・・・。
まぁ、嫌がるのを無理矢理お願いしてもあっさりウチを辞めそうだし、辞めなかったとしても今より更にやる気のなさに拍車がかかりそうなので、調味料工業団地で働いてもらうのは諦めたよ。
「お嬢様、トマムが来ました。お話をしたいとのことです」
ゼットの使い道を色々考えていたら、初代バーテンダーのトマムさんが私の事務所まで来て面談を求めているとのこと。
「通して下さい」
許可をすると、オズオズと私の事務所に入って来たので、ソファーの一つに座ってもらった。
そろそろ50代に手が届きそうな大人でウチのチェーン店の中でもカクテルの師匠と呼ばれているのに、こんな子供にじっと見つめられるとちょっと座り心地が悪い様子、かわいそうなので早速何について話したいのかを聞いてみた。
「お嬢様。前に新しいカクテルの開発をとおっしゃっていらっしゃいましたが覚えていらっしゃいますか」
「はい。もちろん覚えています」
肯定すると、「ふぅ~」と無意識なんだろう、息を吐き出して、「一つだけですが、新しいのを作ってみました」とトマムさんが言うと、その後ろからトマムさんに研修を付けてもらった新人バーテンダー君がトレイに載せた綺麗なカクテルを私の前のコーヒーテーブルに置いた。
丸く細長いシャンパングラスにグラデーションで黄色からオレンジ色になり、最後グラスの底は赤。ハイビスカスの様な赤い大きな花がグラスの縁を飾っている。
グラスの飲み口の所には塩なのか砂糖なのか赤く着色されたものがグルっとついている。
未成年の私では味見という訳にもいかず、ダンヒルさんに言って味見要員を数名呼んでもらった。
ダンヒルさん、王都ホテルの料理長、クラブ長と、そして何故かゼットだ。
此奴はお酒を飲む機会は絶対逃さない。
それがウチのカクテルなら尚更だ。
どんな嗅覚をしているのか、この時の試飲にもシレっと同席している。
複数名の試飲の結果、この綺麗なカクテルはウチの全店でメニューに入れる事になった。
「お嬢様。漸く私もメニューに載せて頂けるカクテルを作る事ができました」と晴れ晴れした顔をしたトマムさんと、カクテルを飲んでニヤっと笑っているゼットの顔を見比べて、思わず軽くため息が出かけた。




