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 新しいカレー粉は、ウチの全店舗の料理長たちが喜んだ。

 がっつり小麦粉が入っていた方が肉の臭みが取れるんだそうだ。


 ラインの切り替えに伴う清掃については、作業指示書をイラスト入りで作り、清掃をしなければいけない所に貼った。


 作業指示書は誰も作った事のない物だったので、ノエミを連れてラインへ行き、作業員たちに作業をしてもらいそれを見て私が作った。

「お嬢様、オラ、もうライン切り替えのやり方は把握してるっすよ?」

「ええ、ノエミは把握しているかもしれないけれど、作業員全員が理解しているかどうかは分からないでしょ?それに新しい人が働き始めたらその人たちも指示書がある方が自分のやらなくちゃいけない事を早く覚えられるし、安全に作業できるでしょ?」

 ノエミは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。

「ああ!オラ、新しい人が入って来る時の事まで考えてなかったっす」

 ニッコリ笑ってノエミを見たら、何か考えて込んでいる様で、顔はこっちに向けていても目はこっちを見ていなかった。

 こうなったノエミは周りが一切目に入らない様で考えに没頭するのだ。


 彼女に構わず私は作業員にラインの切り替えの実演を続けてもらった。


 ウチではカルダモンやターメリック、クミン等、カレーの材料を種類別にステンレスの箱型缶に入れており、作業台の上に載せてある大きな調合鍋に入れて混ぜるのだ。

 箱は調味料の配合に合わせて材料毎に大きさが変えてある。

 つまり、何も考えなくても全部の材料缶を揃えておけば、調合鍋の中で満遍なく混ぜれば良いだけなのだ。


 鍋に材料缶の中身を入れるのは手動なので男性の作業員に担当してもらっている。

 混ぜるのも今の所人力でお願いしている。

 同じ手動でもハンドルが付いていて球型のセメントを混ぜる時に使う様な調合機を作る事も考えたのだが、今の所カレー粉は製造している量が多くないので、道具を作るまでには至っていない。


『調理用カレー粉は緑のラインの入った22箱。肉の臭み消しは赤のラインの入った10箱』

『材料の箱と同じ色のラインの入った道具を使う。道具:鍋、しゃもじ』

『調合を始める前に、それまで使っていた調合鍋、調合しゃもじは機材管理棚へ移動させ保管すること』

『機材及び材料缶の入れ替えが終ったら、製造を始める前に班長に報告し、ちゃんと機材等の入れ替えが終了しているか2人以上で確認の事』

『2人体制で道具の入れ替えを確認して初めて製造を開始すること』

『配合の際は、全ての材料を鍋に入れ終るまで空き缶は一か所に集めて、混ぜる前に正しい配合になっているか空き缶で確認する事』

 ステンレス缶には中身の名前が書かれているので空き缶を見ればちゃんと調合通りになっているのかどうか簡単に確認できるのだ。

『空き缶で調合を確認した後は、必ずその空き缶を空き缶置き場へ移動させる事』

『しゃもじを使って材料を色サンプルと同じ色になるまで混ぜ合わせる事』

 前に混ぜておいたカレー粉を小さなガラスの瓶に詰め、ライン横に色サンプルとして置いており、それで混ぜ具合を一定に近づける様にしているのだ。


 私がその様に作業指示書を書いていたら、自分の物思いから戻って来たノエミが中身を覗き込んだ。

「お嬢様、どうして2人以上で確認なんっすか?」

「切り替え作業をした人は、自分は既に鍋を変えたと思い込んでいて、再度確認をしないまま製造作業に入るかもしれないので、2人以上で確認したらそれを避ける事が出来るからよ」

「えっ?そこまでするんっすか?」

「ええ。あなたも知っている様に、スパイスは高級品です。他の製品と混じってしまって使えない製品が出来るという事は、これだけ大きな鍋の中に入った全てのスパイスを捨てるということと同義ですよ」

「あっ!」


 ノエミは何故私がこの様な面倒な作業指示書作りが必要と言っていたのか漸く分かってくれたみたいだ。

 ノエミの目が普段より更にキラキラとなり、私にロックオンしている。

 こ・怖い・・・・。


「流石、お嬢様っす。お嬢様と一緒に働かせてもらうと、いつも何か新しい事を教えてもらえるっす。楽しいっす!」

「そ、そう?あ、ありがとう・・・・」

 まぁ、ノエミがここで働く事に喜びを感じてくれているのなら、ありがたいわ。


「でも・・・・」

「でも?」

「年配の作業員はこの作業指示書、読めないっすよ?」

「あっ!」


 そうだった。私たちの年代より少し上までの平民たちは文字の読み書きや計算を教えてもらっていなかったんだった。

 う~ん。どうすれば?

 悩んでしまう・・・・。


 でも、すぐにイラスト!と私の頭の中に出来上がった作業指示書のイメージが浮かんだ。

 日本だと普通作業指示書はイラストが無いか、あっても添え物的に重要な部分だけを文章の補完として付けられる事が多かった様に思うけど、ここでは全部の手順をイラストにして、文章の方を添え物にすれば良い。

 一桁の数字ならウチの父さん世代でも日常生活で買い物の時などに使うので、知ってるだろうし、もし、その数字も文字では読めないなら、★や●の数で表せば良い!

 1は★、2は★★って感じにね。


 そこでライン切り替えの実演が終った後、ノエミを連れて私の事務所に戻った。

 紙に思い浮かんだイラストを描き、その横に先ほど考えた文章を添えて行く。


「お嬢様!完璧っす。これ、すごく良いっす」

 ノエミも手放しで絶賛してくれた。

「早速、これ、ラインの方に貼って来ます!」

 またまたこちらの返事を待たずに、私が描き終わったばかりの作業指示書全てを持ってノエミは事務所を出て行った。


「いつも賑やかな娘ですね」と事務所に居たダンヒルさんが苦笑しているが、私は知ってるぞぉ。

 時々ノエミと二人だけでランチしているのを。

 早く、ランチだけじゃなく、ディナーも一緒に食べれる様になると良いね。

 ただ、ダンヒルさんは私の秘書みたいなものなので、夜遅くまで調べものなどの仕事をお願いする事もあって、ディナーは難しいんだろうねぇ。

「約束があるので、明日の夜は仕事をする事ができません」とか前もって言ってくれれば、私だってダンヒルさんにちゃんとプライベートの時間を提供できるんだけどね、そういうのって中々言ってくれないんだよね。

 かと言って、いつ夜デートするの?なんて聞けないし、こちらから気を利かせて明日、明後日は夜仕事はしない様にしようと言ってみても、結局なんやかんやで残って仕事してくれている事が多いのでちょっともどかしいんだよね。


 ノエミはダンヒルさんの気持ちに気付いているのかな?

 素朴な田舎娘と都会感満載の執事タイプの男性が一緒になるイメージが沸かないんだけど、まぁ、恋愛なんてそんなもんだよね。

 周りには分からない何かが二人の間にあれば良いんだもんね。

 頑張れ!ダンヒルさん。

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― 新着の感想 ―
ん?前話ではランビット君、今話ではダンヒルさん ノエミさんモテモテ?
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