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「リアお嬢様」
「なぁに?ランビット」
「カジノの利用客が多すぎて宿泊施設が足りないと客から不満が多数上がっています」
うっ!と私の体は一瞬固まった。
ビジネスホテルの件も漸く終わりが見えて来て、少しほっと出来るなと思っていたのに・・・・。
「でも、今は元からあった村の宿泊施設にも宿泊客がいて他の宿とも良い状態を保っているんだよね?」
「それは・・・・お貴族様だけを見ればですが、平民の馬車移動や徒歩移動の旅人が寝る所が無いと不満がたくさん上がっているそうです」
「ふぅぅぅ」
知っていたよ。私はこうなる事を数か月前から予感していたよ。
だってカジノの売り上げがすごすぎるんだもん。
あっと言う間に大公様が出して下さった資金の1/3を返済できるくらいにはホテル全般で儲かっているのだが、その殆どはカジノの売り上げから来てるものね。
だって連泊して入り浸っている貴族も結構な数いるんだよね。
自分では働かなくても領地から上がって来るお金で遊びまくってるらしい。
まぁ、それはカジノがなくても元々着道楽や食道楽、夜な夜なパーティを梯子したりして散財しまくっている貴族も多いらしいから、散財する場所が王都からウチのカジノに移っただけの話なんだけどね。
借金や信用貸しもできないから、持参した宝石類等を村に新たに出来た質屋に入れてでもカジノで遊びまくっている者や、カジノで少し勝ったらそのお金で村に新たに出来た娼館に行く輩も居るらしい。
質屋が出来たり、娼館が出来たり、あまり治安的には良くないなぁとは思ってたんだよね。
でもそれって、ウチの敷地内に宿泊できる建物を新設したら、もっと質屋や娼館へ行く者は行くだろうしねぇ。
ウチに宿の施設を拡張して望める良い事って平民客の宿が確保できる事と、雇用機会を増やすってくらいの事だ。
ましてや宿泊できる人数が増えればもっと貴族が押しかけてカジノで散財しまくりそうだし・・・・。
「リアお嬢様は何で増築を躊躇してるんだ?あ、いやしてるんでしょうか?」
「カジノってお金を使って遊ぶので、破産しちゃう貴族も出ちゃうんじゃないかなぁってそっちが心配なの。後、カジノ客が増えれば質屋とか娼館とか村の治安が悪くなる施設が増えるんじゃないかと・・・・」
「ん?だってそれはウチが建てたものじゃないでしょ?」
「そうなんだけど・・・・」
「娼館とかカジノに似た施設は鉄道駅の町にも徐々に出来て来てるよ、あ、いや増えていますよ」
ランビットは二人で居る時は気が抜けちゃう様で、ついつい学生時代の話し方になっちゃうのだ。
それは私もなんだけどね。
今はダンヒルさんが私の事務所のわき机でせっせと無言で事務仕事をしてくれているから、うっかりそこに居るのを忘れちゃうけど、しっかり耳はこっちの会話を拾っているだろう。
何かの拍子に仕事場で馴れ馴れしい感じで話してたりするのを見咎められると、怒られるのはランビットなんだよねぇ。
それにしてもカジノに似た施設ってどうなんだろう?
そう思ってランビットに聞いてみると、「もちろんトランプなんてないし、ルーレットもないんだけれど、石とコップを使ってどのコップの中に石が入っているかとか、犬を複数同時に走らせてどの犬が一番最初にゴールするかとかコオロギをけし掛けて戦わせてどっちのコオロギが勝つかに賭けるとかっていう所があるよ」と教えてくれた。
どうやらその賭場には貴族と言うよりは平民が集まっているみたいで、カジノとはお客の取り合いにはなっていないみたいだ。
施設だってそこら辺の掘っ立て小屋の様な所が多いらしく、お貴族様が行きたいと思う様な場所ではないとのこと。
でも、賭け事はお貴族様でも平民でも大金をすったらムシャクシャして何かにあたったりするのは同じだと思う。
すなわち、治安が心配なのだ。
「別に駅の付近だけに賭場があるわけじゃないよ。小さな村には無いけれど、昔から大きな町には普通にあるモノだから、リアお嬢様が気にする事はないんじゃないかなぁ」
私は領主では無いからその土地の治安がどうのこうのとか、失業率がどれくらいとかを気にはしないけれど、衛生状態やお客様の入りにも関係してくる国の経済状態は気になるけどね。
だって国の経済状態が悪ければウチの事業は金持ち相手なんだから、客が減って経営が傾く事になるだろうし、衛生状態が悪ければ疫病が流行ったりしてこれまた商売あがったりになるだろうしね。
「リアお嬢様は今は調味料工業団地とモリスン村の増築の方に集中して下さい」とランビットが言うけれど、本当にそれでいいんだろうか?
「そう言えばさっきノエミが来てたみたいですが、何か新たな製造器具とか必要ですか?」
「え?ああ、いえ、なんかカレー粉の種類を増やしたいみたいだから、製造器具や装置は必要になるんじゃないかなぁ?ノエミに直に聞いてみて欲しいなぁ」
「あの子は面白いですね」
横から睨んで来るダンヒルさんの目が気になるのか、ランビットがちゃんと敬語で話している。
「おもしろい?」
「ええ。次々に作りたい調味料を考え付いて、ハーブソルトも既に5種類作っていますが、先日それらを入れる入れ物について相談されたんですよ。その発想が面白くって」
「どんな入れ物だったの?」
「丸い缶の筒なんですが、蓋の所に小さな穴を一杯開けて、缶を料理の上で逆さにして振りかけるっていうのを考えたんですけど、数日経つと中のハーブソルトの塩が湿気てくるんですよ。発想はいいと思うんだけど」
つまり前世の地球の調味料瓶を缶で作ろうってことかぁ。
何にも教えていないのにそんな発想が出来るってノエミって凄い子なのかもしれない。
塩は密閉しないとすぐに湿気を帯びるからね。
と言うことは蓋を二重にすれば良いのでは?
そう言うと、「流石リア!盲点だった!」とランビットはすごく嬉しそうだ。
「直ぐにでもノエミに話して来るよ」と慌ただしく私の事務所から蔵の方へ走って行った。
お嬢様呼びを忘れたランビットにダンヒルさんが凄い視線を向けていたけど、ありゃぁ気付いてないよね。クスクス。
それにしても最近、ランビットが何かにつけてノエミの所へ行っているのを知っているよん。
ふふふふ。何かが進行してるのかな?にやり。




