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ゴンスンデ店の2階にはレセプションやロビーの他に貸会議室や結婚の披露宴が出来る様な大きな会場が2つ、小規模だけれども会員制のクラブとエステサロンがあり、3階と4階が客室、5階がレストランとバーがある。
5階はフロアの半分がテラスになっており、空中庭園を散歩できる様になっている。
大公様へは胃に負担を掛けない様にパン粥とマッシュポテトとサラダ付きのプレーンオムレツを用意しておいた。
デザートは角切りしたりんごを砂糖で煮込んだ物を散らばせたヨーグルト。
今日は本当は大公様のお誕生日だとダンテスさんに教えてもらったので豪勢な料理でお祝いしたかったのだけれど、体調が思わしく無いなら体に負担となる料理はもっての外。
かと言って、あまりに精進料理っぽくなっても味気ないので、ボイルした自家製ソーセージをオムレツの横に添えてはいたけれど体調によっては残して下さいと一言添えておいた。
大公様はニヤリと笑って、無言で頷いてパン粥をスプーンで掬っていたので、問題は無いと思う。
「大公様、夜には豪勢な料理を用意しておきますので、どうぞ今日の午後はゆっくりお休みください」
「ああ、アウレリア。心遣いをありがとう。行き届いておるのぉ」と嬉しそうな顔だ。
大公様のスイートから戻って来た食器を見たらボイルドソーセージまでちゃんと食べてくれていた。
ほっとした。
部屋に用意していたウェルカムドリンクのお酒の瓶に、『お誕生日おめでとうございます』と書いた綺麗なカードを添えておいたので、私たちが大公様の誕生日をお祝いしている気持ちはちゃんと伝わっているはず。
血は繋がっていないけれど、もう一人の爺ちゃんって感じなんだよね、大公様って。
私利私欲無しに私を育てよう、盛り立てようとして下さっているのが何も言われなくても分かるのだ。
長生きして欲しい。
夜のグランドオープンセレモニーは何時もの様にバイキング形式にした。
大公様用に用意したバースデーケーキはお部屋の方へ運ばせてもらった。
ダンテスさんから皆のいる所で大仰にお祝いしたく無いし、何より今日はゴンスンデ店のオープンの日なので、主役はあくまでゴンスンデ店だとおっしゃったらしい。
本来なら夜景を楽しんでもらう為に5階のレストランを会場にするべきなのだろうが、バンケットと言う物を普及したい事もあり、2階にある貸会場、つまり披露宴会場2つを居抜きにして広い会場として使った。
豪華なシャンデリアから降り注ぐ光の元、専属契約している四重奏の楽団がおとなしめのBGMを奏でている。
結婚披露宴の時の新婦入場の結婚行進曲等も教えて弾ける様にしてもらっているし、今日の鉄道駅のプラットフォームでも演奏してもらっていた。
この世界では特定のお貴族様でなければお抱えの楽団なんてないので、四重奏の4人は定職として雇ってもらえた事でウチのホテルにとても感謝しているのだ。
「鉄道ってすごかったですわね」
「ええ、全然揺れが無いし、速かったですねぇ」
「途中の駅での宿泊は、まぁ、寝るだけだから良いけど、駅にもここくらいのレベルの宿があれば良いのになぁ」
「でも、コンビニがあったので料理も美味しい物を買う事ができましたわ」
「ああ、2日目の宿の食事は酷かったからなぁ・・・・」
「お食事と言えばフローリストガーデンはレストランもホテルもどこも本当に美味しいですわね。今夜も好きな物が選べるので、海老のサラダに手が止まりませんわぁ。おほほほほ」
「僕はこちらの肉料理が好きかなぁ。ああ、トウモロコシのスープも甘くて美味しかったですよ」
「私は南瓜のスープも甘くて好きですわ」
「デパートってよろしいですわね。1箇所で欲しい物が殆ど揃いますしね」
「俺はシャツを頼んでみた。明日の夕方には出来上がるそうだ」
「ええ?それは早いですね。実質2日でシャツが1枚出来るのですか?」
「そうなんですよ。殆ど出来上がっているシャツの中から自分の好きな色で体形に一番合ったサイズの物を選んで、袖口とか襟を指定して、後は細部の調整をするだけだから早いって言ってましたよ」
「こうしちゃぁおれん!儂もシャツを作ろう」
お客様の会話は鉄道とデパート、そして途中駅やウチのホテルについてが主流で、こうやって会場の片隅で気配を消して聞き入っていると、お客様の生の声を聴く事が出来た。
しかしポンタ村の次の駅では、宿があまり良い食事を出していない様なのね。
フェリーペん所に頼んでサンドイッチとかだけでなく簡単なスープとかもカップに入れて売ってもらおうかな?
宿の方もあまりいい加減な料理を出していたら、客をコンビニに取られるって思ってくれたら多少質の良い物を出してくれる様になるんじゃないかなぁ・・・・。
心配していた大公様も元気そうな感じでセレモニーに参加して下さっているし、まぁ、ゴンスンデ店も成功かな?
お土産店で売っているクッキーなんかの販売促進を兼ねてアイスクリームの横に付けて提供する予定なので、食事が進んだタイミングで父さんが再び挨拶する予定だ。
気づくと父さんが私の横に立って頭を優しく撫でてくれた。
「アウレリア、行ってくるよ」
「はい、父さん、頑張って!」
「おう」
父さんがアイスクリームの入った銀器にお土産店で売っているクッキーを載せた物を右手に取り、会場の真ん中まで移動した。
「皆様、これからデザートのアイスクリームを配らせて頂きます。このアイスクリームの横に添えてあるのは、1階のデパートのお土産店で売っているお土産のクッキーでございます。プレーン、チョコレート味、チーズ味など色々取り揃えております。日持ちも良いお菓子ですので、よろしければお試しください」と父さんが言うと、給仕のおねいさんたちがパァッとアイスクリームを載せたトレイを片手に、会場内にパッと散らばった。
「アイスクリームって冷たくて美味しいですわねぇ」
「クッキーも美味しいですわよ」
「これってプレーン味なの?」
「チョコレート味は無いの?」
「申し訳ございません。チョコレート味とチーズ味のご用意はございませんので、是非、明日にでもお土産屋でお求め下さい」
前もって練習していた通りにウェイトレスが答えている。
よしよし、販促活動もバッチリだね。




