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ああ、あややクラブの部室、とても清潔に保たれてる。
ここの所王都で過ごしているので、ウチのレストランで研修しているゴンスンデへ配置予定の調理人に色々教えてたり、孤児院の子たちがやってるホットドッグの店の様子を見に行ったりしたんだけれど、昨日4年生になって初めて勇者様の研修先を覗いてみたんだ。
それで今日はメグたんと学園で会おうと約束したので、部室に来てみたのだ。
3年生まではここには常に誰かが居て、自分が最初に来たとしても直ぐに誰かが顔を出す事が当たり前の空間だったのだが、2ヶ月近く顔を出していなかったこの空間は今はひっそりとしており、人が踏み入れるのを拒んでいる様な雰囲気がある。
ちょっとの間来ないだけで、こんなに変わる物なのか。
私はあのお祝いパーティ以来一度も来ていなかったけれど、他のメンバーは来ていたのかもしれない。
でも、シーンとした空気が人が長居してはいけない様な静謐さで私を迎えたのだ。
ダイニングキッチンで自分で淹れた紅茶を飲みながらメグたんが来るのを待つ。
約束の時間はとうに過ぎている。
勇者様はちゃんと今日部室に来てくれるだろうか?
更に1時間待ちぼうけだったが、太陽が夕日に変わる頃、玄関先で音がした。
「はぁはぁ、リア!遅くなってごめん。もう待ってないかと思った」
メグは汗だくになっていた。
「メグ、すごい汗だよ。走って来たの?」
「うん・・・・。中々店を抜け出せなくて・・・・」
「取り敢えず2階へ行こう。タオルがあるし、なんならシャワーでもお風呂でも入ったら良いよ」
「うん・・・・。じゃあ、ぱぱっとシャワーを浴びさせてもらおうかな~」
メグたんがシャワーを浴びている間にストレージに保管されていた大根餅と淹れ直した紅茶を2階のソファーの所まで持って行き、彼女が出てくるのを座って待っていた。
汗を洗い流して少しは落ち着いたのだろう、メグがにっこり笑ってソファーに座った。
「うわぁぁ。大根餅だ。久し振りでめっちゃ嬉しい」
お腹が空いていたのだろう、挨拶もそこそこにパクついている。
勇者様が大根餅を好きなだけ食べて、ソファーの背もたれに寄り掛かったのを見て漸く話しをする体制になった。
「メグ・・・・研修はどうなの?」
「リアは昨日、私に声を掛ける前にウチの店の中を見ていた?」
「うん」
「それはどの辺りから?」
「先輩らしき人がメグに怒鳴ってほっぺを叩いた所から・・・・」
「・・・・そうか・・・・見られちゃってたのか・・・・」
メグはいつも天真爛漫で笑顔が曇る事は少なかったのに、今は俯いていて、学園に居た時のメグとは雰囲気が変わっていた。
「ねぇ、メグ。もしかして先輩たちにいじめられているの?」
「・・・・」
「メグの家族は今のメグの状況を知っているの?」
「・・・・」
「どうしてあそこの店は、口で言えば良い事をあんな風に怒鳴ったり、頬を叩いたりするのかなぁ?」
私の質問になかなか答えないメグだけれど、私がとっても心配している事が分かっているのだろう。
暫く黙ってメグが話し出すのを待っていたら、訥々と話し始めた。
「私ね、今まで、思った事は何でも口に出していたんだよね」
「うん」
「でね、今の店で研修が始まってからも時々口に出す心算のない言葉が出てたりしたんだよね」
なんとなく話の流れに想像が付いたが、メグの思いを吐き出してもらう事も必要なので、私は頷きながらメグが全部話すのを待った。
メグは先輩方から生意気とか、性格が悪いとか言われて、集団で無視したり、メグ父の知り合いである店主がいない時は偶にこの前みたいに怒鳴られたり、叩かれたりしていたらしい。
後、メグが研修を行っている洋装店は平民用の店なので、先輩店員も学園すら行った事のない平民ばかりなんだそうだ。
店主は学園の卒園がすぐそこまで迫っていて、学年2位や3位を保持していた優秀な学生であるメグにとても期待していて、事ある毎に学園を出ていると上品な仕草が身に付いているなぁなどと、先輩たちの前で比べる様な事を言われた事もいじめの要因になっているっぽい。
「ねぇ、メグ」
ソファーで横並びに座って居たので、ちょっと身を乗り出す様にしてメグの手の上に自分の左手を重ねた。
手の温かさで少しでもメグの気持ちを慰めたい。
「ねぇ、メグ。研修のお店を変えたら?」
「・・・・」
「どうしても洋装店で研修をしたいの?それとも他のお店でも良いの?」
泣きそうな目なのに、なんとか雫が零れない様に踏ん張っているらしいメグが、ぱっと私の方を見た。
「リア、心配してくれてありがとう。途中で研修先を変えるとそれだけで学園側の評価が下がるし、今回の事は考え無しに言葉を発していた私に責があるから、お店を変えても私が変わらなければ同じ事が起こると思うの」
メグたんの言う事は良く分かる。
でもね、メグたんは場の雰囲気に構わず質問をしたりはするけれど、その質問の仕方に全く邪気が無いのは一目瞭然なので、それで嫌な気分になる人は少ないはず。
ましてやメグは人の悪口とかは言わないからね。
やる事って質問をする事だけだから・・・・。
それが許せないって言うのなら、一日の就業時間の終わりに質問する時間を設けて、就業中は一切質問をしない様にするとか工夫すれば良いだけじゃないの?
何ならウチの店のどれかで研修してもらってもいいし、ダンテスさんに聞いて、お貴族様向けの洋装店を紹介してもらい、そこで研修し直してもいいんじゃないかな?
「でもね、リア。今の店の店主は父さんのお友達なのよ。勝手に私が店を変えたら、父さんと店主様との関係にひびが入るかもしれないし・・・・。研修は1年だけだから、それなら我慢できると思う」
「でも、メグ!叩くって言うのは行き過ぎだと思うよ。せめて店主に相談してみたらどうかなぁ?」
「それは悪手だと思う。陰で余計に虐められると思う」
その日、空の色が夕方から夜に変わる頃、二人とも戻って行った。
でも、一つだけメグと対処方法について話し合ったから、メグがそれを実現してくれる事を祈ろう。
「何かあったらウチに逃げておいで。私がいなくても母さんはいつでもいるから、遠慮しちゃだめよ。にっちもさっちもいかなくなる前に、ウチに来てね」
「ありがとう」
少女の後ろ姿を見送り、王都内専用の乗合馬車の最寄り駅までトボトボと歩いた。




