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翌朝、王都へ向け、大公様の紋章の入った簡素な馬車に乗って、ポンタ村を後にした。
伯父さんたちはまだ昨日の話合いについての見解を伝えて来ていない。
大公様が鉄道に惚れ込み、できるだけ早く工事を終了する様にと金に糸目を付けず大勢の人員を投入しているので、待つとしてもせいぜい1週間になる。
だから5日後までには冒険者に返事をフローリストガーデン 光まで持って来る様にと念を押しておいた。
ランディも伯父さんから話を聞いたのだろう、固い表情だった。
私はフェリシアとの婚約、おめでとうと言ったのだけれど、ランディの返事は上の空だった。
そうだよね。結婚してもその先の生活を支える宿に関する新しい展開だから、悩むだろうなぁ。
私としては『熊のまどろみ亭』は家族経営のお店の良さがあり、ウチの高級ホテルの様な店にする必要は無いと思っている。
ただ、同じ村の他の店が上客を取り入れ潤うのに、自分の店はそうでないとなると、やはり普通は気になるだろうし、嫌気がさすかもしれない。
鉄道という新しいツールがなければ、今まで通り、ゆったりした時間の中、毎日のメニューに頭を悩ませつつも、お客様に満足してもらえる料理を差し出し、それなりに繁盛した店になっていたのにね。
そんなこんなで王都に戻ってから3日後、マンマが冒険者を本館まで案内して来た。
ランディのぶきっちょな字で宛名が書かれている手紙を渡されたので、冒険者が提示する業務終了用紙に母さんに頼んでサインをしてもらった。
母さんと二人、家の居間でランディの書いた手紙を開けると、伯父さんたちが食事とパイだけを取り扱う事にしたと書いてあった。
ただ、今までの常連たちが泊まれるくらいの平民用の部屋も少しだけ残したいとのこと。
ついては貴族が入れる様な食堂に立て替えたいので援助を頼むとも書いてあった。
『熊のまどろみ亭』はポンタ村の大通りに面して建てられているので、現在の大通り側の正面玄関は平民の宿泊客用になり、宿の後ろ側にある隣家の土地を買い上げ、そちらを駅前にして貴族用の食堂の正面玄関にした方が良いだろうと思った。
まぁ、これについては鉄道敷設をしているガルフィールド様やダンテスさんにも相談しないと何とも言えないけどね。
それと隣家の土地を購入できるかどうかも関係するしね。
後、2日もすれば父さんが王都へ戻って来る。
マノロ伯父さんとこの件について話す為だ。
これは前もってダンテスさんや父さんと相談して決めていた予定なのだ。
父さんにとっては『熊のまどろみ亭』は自分が育った家でもあり、未だに父親と兄が営んでいる食堂付きの宿なのだ。
もちろん今後も栄えて欲しいけれど、今の雰囲気も守って欲しいという矛盾した気持ちを持っているらしい。
まぁ、中身が大人な私にはその気持ち良く分かるよ。
でも鉄道でなくても将来何か新しい出来事があって、それまでの商売の在り方と全然違う経営方法を選択しなければ生き残れないなんて普通にある事だから、『熊のまどろみ亭』の損にならない様に尽力したいのだ。
ただ、今やあの店はマノロ伯父さんのモノだから、決定権はマノロ伯父さんとその家族のモノだ。
また、今直ぐ建て直しの工事は始めるとして、お貴族様用の食堂は鉄道がお貴族様の間で一般化する頃までに受入体制を作っていれば良いので、当面は今の宿と食堂を続ける事になるだろうしね。
最初私達は鉄道を貨物運搬にだけ使うつもりだった。
そりゃぁ、もちろん私たちは乗って移動する心算だったけど、お金を取って乗客を乗せる心算はなかったのだ。
だから、こういう懸案事項が立ち上がるとは思ってもいなかったのだ。
だけど、大公様の強い要望と、ゴンスンデのホテルの役割を考えると乗客運搬もやった方が良いとアレヨアレヨと言う間に流れが変わったのだ。
そして、急遽増やされた鉄道工事の人員によって大幅に進んでいる工事の進捗状況を見るに、直ぐにもマノロ伯父さんに相談しなくちゃいけなくなったんだけれど、父さんはまだウチのホテルのナイトル村店の管理をしなくてはいけなかったので、代わりに説明を私が行ったのだ。
最終的にどうするか、決まった後の土地の取得や工事の進め方については父さんとダンテスさんでマノロ伯父さんと話してもらうのだ。
ここから先の『熊のまどろみ亭』に関しては父さんが窓口になるので、一旦は私の手を離れる事になるけど、親戚の事だし、お世話になった事もあったし、兄さんの様なランディと従姉のフェリシアの事でもあるから、どうなるのかは絶対オンタイムで知りたい。
本当はマノロ伯父さんに提示していなかったもう一つの案もあったのだ。
それはウチのフローリストガーデンホテルチェーンのポンタ村店を建設し、その支配人一家となる事だ。
それなら箱ものはウチが全部設計し建設するし、雇人の契約も研修もウチがやる。
だけど、マノロ伯父さんはスティーブ伯父さんと違って、既に一国一城の主だからね。
弟の軍門に下るのは嫌だろうし、今までの家庭的な職場とはかけ離れた職場になるので、フローリストガーデンで働いても働き甲斐を感じないかもしれないって父さんに言われてしまえば、それもあり得ると思ってしまい、結局選択肢から外したのだ。




