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「いらっしゃいませ。ホテルフローリストガーデン モリスン店へようこそ」
「一泊お願いします」
「畏まりました。何人お泊りでいらっしゃいますか?」
「主人一家が5名、執事が1名、メイドが4名です」
「かしこまりました。寝室が6つのスイートルームとツインのお部屋2つでよろしいでしょうか?こちらのタイプのお部屋でございます」と言いつつ、それぞれの部屋の間取りと一泊辺りの料金を大きな字で書き入れている紙をメイド役に見せる。
これはお貴族様の間では大きな声で料金の話をするのははしたないと思われているからだ。
だからと言ってこういう高級ホテルだと一泊辺りのお値段も可成りするので、支払い能力の無い方にはご遠慮願いたいと言うこともあり、苦肉の策として間取り図を見せつつ、値段の確認をしてもらうのだ。
「スイートルームって何ですか?」
「鍵付きのドアを入ると居間が一つございまして、その居間に6つの寝室が付いたお部屋です。ちなみにツインは一部屋にベッドが2つのお部屋になります」
「それではそれでお願いします」
「はい、それではこちらの103号室がスイートルームで、1010と1011号室がツインになります。ツインの方は部屋に浴室がございませんので、体を洗われる際は共有のシャワールームでお願いします」
受付の女の子が鍵を3つカウンターの上に載せて、上品な仕草で客役の人に向かって押し出した。
「朝食等についてご説明をさせて頂いてよろしいでしょうか?それとも一旦お部屋に入られてからにされますか?」
「まずは部屋に入ってからお願いします」
「畏まりました。では、落ち着かれたらお手数ですがこのレセプションまでお越し下さい。スイートルームの中には小さな冷蔵庫がございます。お泊りになる方お一人につき最初の1本までウェルカムドリンクとして無料で提供しております。それ以外で消費されたものはお金が掛かりますので注意下さいませ。また、居間のテーブルの上にありますクッキーもウェルカムスイーツなので無料です。遠慮なくお楽しみください。ポーターは必要ですか?」
「大丈夫です」
「分かりました。では、快適なご滞在を」とにっこりした顔を向け、受付役の女の子のデモンストレーションが終った。
「みなさん、今の受付の仕方で気になった所はありませんか?」
またまた大の大人が雁首揃えて受付の前に立っている所へ、背の低い私が偉そうにレセプション教室を開いて、ロールプレイングで受付のなんたるかを体感してもらっている所だ。
誰も何も言わない。
十分良い対応だと思っている感じだ。
「ナタリー、ありがとう。大体良かったと思いますが、一つだけ注意点があります」
受付役をしてくれた女の子に私がそう言うと、皆がガヤガヤと、「え?今のに直さなければならない所なんかあったか?」とか不満気だ。
「ツインルームの説明を追加していましたね。それはとても気が利いているとも言えますが、もしお客様がツインという事を知っていた場合は、知っているのにと反感を持たれる事もあります。まぁ、スイートルームを知らない設定なので、恐らくツインルームについても知らないとは思いますが、問題を回避するために聞かれていない情報は伝えなくて良いと思います。みなさん、受付としてお客様に絶対に知らせないといけない情報と、お客様に聞かれて初めてお伝えする情報というものがある事を認識して下さい。食事場所やその営業時間、ツインを使われる場合は共同シャワールームの使用時間について必ず知らせる必要があります。それも、何回も繰り返し利用して下さるお客様にはそれらの情報さえ余分と言えます。その辺の匙加減は受付のスタッフの力量で調整してもらう事になります」
「カジノの場所や営業時間については案内をしなくて良いのですか?」
受付担当になる予定のヤコブが質問と言った具合に右手を軽く挙げて聞いて来た。
「さっきの設定では朝食についての案内などは、一旦お部屋に入られて、主家の方々が落ち着かれてからメイドがレセプションへ説明を聞きに来てもらう設定でした。カジノについては、その時にホテル内のシステムのご案内ということでご案内して頂ければ十分です。恐らくですが、初めてカジノという言葉を聞いたお客様は、カジノとは何かという質問をして来ると思うので、その時に説明をしてあげて下さい。丁度良いのでヤコブさん、今度はあなたがレセプションの中に入って下さい。私がさっきのメイド役に戻って、詳しい説明を聞きに来た事にして研修をしましょう」
各部屋のメインの扉の裏側にホテルの施設の案内図や、各施設の営業時間などが印刷されたものを貼ってある。
受付にあるフロア図等は客に配るのではなく、レセプションで見てもらって説明を聞いてもらうだけで、何かを確認したい時は部屋に帰ってそこで確認してもらう様にしている。
冷蔵庫にしても、浴室にしても、オスカル先輩が開発してくれたヘアドライヤーにしても、案内図にしても取り出したり剥がせない様に工夫してあるので、各部屋で盗まれる心配があるのは部屋に飾られる花と花瓶、シーツなどのリネンくらいのものなのだ。
だからチェックアウトの際は、ホテルのメイドが部屋に行ってリネン類と花瓶がちゃんと揃っているかどうかを見てから清算となるシステムなのだ。
最初、私はうっかりいろんな物を部屋に備え付ければ良いだけだと思っていたけれど、ダンテスさんが相手が貴族でも盗める物は盗む人も少なくないので、最初から何を盗まれても大丈夫な値段設定にするか、そもそも盗めない様に設置するしかないと言われたので、後者の方法を取ったのだ。
ただ、リネンだけは確認しないとしょうがないよね。