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「俺を解雇するなんて、お前は何様だぁ!」

 ニコラスさんは解雇を言い渡すと、私の横に立っているダンテスさんではなく、一番非力そうな私に掴みかかろうとした。


 確かに彼を解雇したのは私だから、彼が私に怒るのは間違ってはいない。

 彼にも養わなければいけない家族とかいるかもしれないから。

 でも、誰かの生活に責任を持たなければならない立場だったのなら、職場のヒエラルキーをちゃんと理解して、その仕事に何を期待されているのかをちゃんと汲み取って働かなければならなかったのだ。

 ニコラスさんはそれを怠ったのだ。

 いや、怠っただけでなく、足りない部分を再三再四注意されても無視したのだ。

 私は彼を解雇したことに後悔を微塵も感じていない。


 ダンテスさんと父さんがニコラスさんと私の間に体を挟み込む様にして立ちはだかってくれたので、何も起こらなかったけれど、ウチの店に復讐しようとして調理法とかレシピを外部に流すくらいの事はやりそうだった。

 一応普段からレシピに関するメモを取らせていたので、そのメモ帳は取り上げる事が出来た。

 でも、特に調理法などは油で揚げるとか蒸すと言った、他の所では知られていない調理法を普及されるのは少しだけ困っちゃうんだよね。

 そういう調理法はホテルが全て開業した後であれば、どこそこの店が真似してるで済んでしまうのだが、万が一、真似した方が先にそういう料理を世に出してしまえば、ウチが後塵を拝したって事になる。


 現在でもフローリストガーデン光で揚げ物も蒸した物も出してはいるけど、高級レストランだけあってウチの店を使える人の数はたかが知れているし、それも王都に来た人たちに限られる。

 巷の安い食堂で大々的に揚げ物とか蒸し物を出されて庶民に広がってしまうと、そっちが主流になってしまいそうなのだ。


「ニコラスさん。契約書の中身をもう一度お読みになる事をお薦めします。この後、あなたを推薦して下さったウェルネット子爵には、あなたの解雇についてお話しさせて頂きますので、努々変な事をなさらない様に。この店のバックには大公様がついていらっしゃる事もお忘れなく」


 うはぁ、ダンテスさんが柔らかい物言いで強迫してるよぉ。

 迫力が凄い!


「へ、へん!こんな店、こっちから辞めてやる!」そう言って支給されていたコック帽を調理台に叩きつけて店から出て行こうとしたニコラスさんに「あ、制服の返却もお願いしますね」とダンテスさんが追い打ちを掛けていた。


「ちっ!」と言いながらニコラスさんは、コックコートとエプロンを外し、これまた調理台に叩きつけて、ウチのレストランから出て行った。


 仕込み前の調理場は墓場の様にシーンとなり、一種異様な雰囲気になっていた。

「パンパン!」

 私は態と大きな音で柏手を打った。


「ニコラスさんはウチの方針に従う事に度々不満を示していらっしゃいました。ウチが目指すホテルやレストランは貴族や大商人等、所謂高い地位の方々ばかりです。塩を少な目に調理して欲しいとか、他の野菜を減らしてでも一定の野菜を多めにして欲しいと言った様な細かな要望を受ける事も少なくありません。受け入れられる要望とそうでない物というのはありますが、塩の量を調整するくらいの簡単な要望であれば快く引き受けてくれるくらいの調理人でないと務まらないのです。お客様だけでなく、上司からの指示は余程の事がない限り、従ってもらう事が必要です。指示に不備がありどうしても従えない場合等は、遠慮なく何が理由で従えないかを上司に伝えれば良いのですけれど、上司が気に入らないから指示には従わないと言うのであれば、同様に気に入らない客の要望には応えないと言った事態も起こるでしょう。それでは店が立ち行かないのです。なので、ニコラスさんには辞めて頂きました」


 何故、突然の解雇劇が始まったのかを厨房にいる全員と、ニコラスさんの怒鳴り声に驚いてホールの準備を放り出して厨房へ様子見に来ていた給仕の皆が分かる様に説明した心算だ。

 職場の雰囲気を悪くしたくはなかったんだけれど、膿は早い内に出さないとね。


 説明が終ると雰囲気はあまり変わらなかったけれど、皆が賄い作りや仕込みに入った。


「アウレリア様、至急次の候補者を選別して、研修を受けてもらう様に致しますね」とダンテスさんが私の頭を優しくなで、「出来るだけ急いで探しますね」と馬車に乗って大公館へ戻って行った。


 この料理研修で5名のシェフがある程度ウチの料理を作れる様にしなければならない。

 シェフさえきちんとしていれば、その他の調理人の研修は各ホテルでやれば良いのだ。

 もちろん、私も一緒にあっちこっちのホテルに顔を出して、各ホテルでの研修を管理する心算だ。


 そしてニコラスさんが出て行って4日後、ダンテスさんが新しいスタッフを連れて来た。

「バートンさんです。オルリー男爵の推薦です。料理歴等については本人から言ってもらいましょうか」と、今度は痩せているのに腕の筋肉は隆々の若い男性を連れて来た。

 無口な彼は手だけはずっと動かして仕事を熟す人で、すぐにウチの厨房の中に溶け込みそうだ。


 ダンテスさんは私を厨房の端っこへ連れて行き、私の耳にくっつきそうなほど口を寄せ、「ニコラスの事は全て解決しました。レシピの流出等ありませんので安心して下さいね」と言って来た。


 来たばっかりのバートンさんを見つつも、背筋がゾーっとしてしまい、ダンテスさんの「全て解決した」と言う言葉の意味が重くのしかかって来た。

 え?解雇するってそんなに大事なのと・・・・。


 ダンテスさん曰く、ニコラスさんは契約違反をし顔全体に蔦模様の入れ墨が出たそうだ。

 それに気づいた子爵様の方で、大公様に仇なす者を放置しておけないと言う事で、情報が渡った先も含め子爵家が対処をしたそうだ・・・・。

 怖い!今度からは出来るだけ解雇しない様にするか、研修に入ってもしばらくは技術を教えず、人物を確認する方向で行こう・・・・。


 何とも寝覚めの悪い、そして自分の小さな肩に乗っかった責任の重さを思い知らされた事件だった。

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― 新着の感想 ―
ウェルネット子爵は、予想と違いマトモな貴族だった 推薦したニコラスの失態が、王族に列なる大公の勘気に触れると考えれば、当たり前の措置ですね しかし、ニコラスはいったい何をしたかったんだろうか?
むしろその子爵様は何故こんなにも使えないクズを紹介したのやら(;・∀・)
[一言] 貴族の面子、中世での知的財産を軽く考えた人間の末路やなぁ……
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