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「忙しいのに時間を取って頂いて、ありがとうございます」
ボブ父が丁寧にダンテスさんと父さん、そして私に挨拶してくれた。
まぁ、私はオマケなんだろうけどね。
「今日、おいで頂いたのは、ウチの倅がアウレリアさんに聞いた話で疑問に思った事があったので、その確認をさせて頂きたくてご足労頂きました。錬金術で造る物をウチの工房だけではなく、ご自分たちでも作るって伺いました。ウチの仕事として発注される物とそうでない物の線引きが良く分からないんですよね。錬金術に関しては全部ウチに発注してもらえるもんだと思っていたので・・・・」
「スイカズラ工房さんも又聞きの案件なんですね。それだと話がややこしくなる可能性もありますので、私から説明させて頂いてもよろしいでしょうか?」
大人同士で話す雰囲気だったけど、ちゃっちゃとぶった切って会話の主導権を持たせてもらう。
だって、私の高級ホテルの件だし、私の発言が発端なんだもん。
「学園で、錬金術クラブ、あややクラブ、どちらにも所属している平民クラスのランビットという男子学生が居ます。彼は魔力がありません。でも、設計図を引いたり、次にどんな作業が必要なのかと言ったコツコツとした作業や、作業の流れを掴むのが非常に上手いのです。で、来年、ランビットはスイカズラ工房さんの所で4年生の研修を受けると聞いております。合っていますか?」
ボブ父を見ると頷いてくれている。
「で、4年生の研修を受ける場所と言うのは、将来そこで働く可能性が高いと学生側も受け入れ側も認識していると思います」
ボブ父だけでなく大人はみんな頷いている。
「でも、必ずしもそこへ就職するという決まりはありません。そこで、私は私が営業する予定の高級ホテルチェーンでランビットが望めば働いてもらいたいと思っています」
ボブ父は上体を前に乗り出し、そこで話を区切ろうとしたけど、目線でそれを抑えて続けた。
「私がランビットに、ウチのホテルへ就職して欲しいと言ったのには幾つかの点が関係しています。まず、ランビットは魔力が無いので錬金術師になったとしても、常に魔力のある仲間を頼らざるを得ない事です。そして、スイカズラ工房さんにはボブという後継ぎがいます。ボブはランビットと学年が一緒なので、実年齢もそんなに違わないはずです。と言う事は、ランビットがスイカズラ工房の親方になる目は無いと言うことです。そもそも魔力がないのに独り立ちと言うのは結構厳しいんじゃないかと思います」
「嬢ちゃんの言いたい事は分かった。錬金術師として見た時、魔力が無いということは可成り大きなハンデである事は間違いないし、ウチの工房は倅に継がせるのは決定している」
「はい。ずっと職人として勤める働き方もある事は知っています。でも、ウチのホテルに勤めるなら、ランビットには錬金術だけでなく、複数あるホテルの管理の一部を任せたいので最終的には支配人より上の地位を得る様に持って行きたいのです。そういう心算でランビットに研修が終ったらウチのホテルで働かないかと話したのをボブが聞いていたんです」
「そりゃぁ、ランビットからすればそれは美味しい話かもしれんが・・・・」
ボブ父は、ランビットがどうこうよりも、もっと気になる点があるはずなのだ。
「ランビットがどちらの職を選ぶかはランビットが決める事なので、今、ここで話した所で私たちにはどうしようもありません。そして、スイカズラ工房さんが気になさっているのは、ウチのホテルの錬金術関連は全てスイカズラ工房さんで作る約束ではないか?そこの所が心配なのではないでしょうか?」
「そうなんだ!今、工事現場に職人を配置しているのも、今後もフローリストガーデンホテルチェーンの仕事を貰えるから無理をして上級職人を長期派遣していたりもしているんだ」
「はい。ありがとうございます。今後もウチのホテルチェーンの一般的な錬金術関連はスイカズラ工房さん、万が一、そちらが手いっぱいで対応できない時も、スイカズラ工房さんが紹介して下さる工房に孫請けしてもらうと言うのは変わっていません」
ボブ父が目に見えてホッとした感じになった。
「私がランビットにホテルの錬金術をと考えているのは二種類の仕事だけです。一つは夜等工房が閉まっている時間に何かが故障してお客様が寝る事が出来なくなったなどの突発的な事故の対応。つまり緊急の修理ですね。後一つは私の考えるウチのホテル内だけで使うつもりの特殊な物を作る時。ウチのホテルだけなので、一般販売する気が無い物であり、私のスキルにも関係して秘密の部分が多い物です。もし、ランビットがウチのホテルに就職しない場合は、私が個人で作るか、別の錬金術師をウチのスタッフとして雇う事になります」
「その、お宅のホテルの中だけで使うモノについては、ウチの工房には情報とかは頂けないので?」
「もちろんです。特許もウチで取りますし、元々一般販売を考えていないので、作った物も従業員以外の目には入らないと思っています」
「ふむ・・・・。できたらそう言う特別な物もウチの工房に任せてもらいたいんだがなぁ」
「それはウチの料理等の技術に関連してくるので、難しいですね。技術の流出の可能性は出来るだけ排除したいんです。もちろん、スイカズラ工房さんから情報が故意に漏れる事は無いと思っていますが、携わる人の数が少なければ少ないほど、情報の管理は簡単になりますから」
「横からすみません」と、ダンテスさんが契約書を鞄から出し、みんなで座って居るスイカズラ工房の応接コーナーのテーブルの上に出した。
「こちらは先日そちらの工房と結ばせて頂いた契約書です。5条をご覧ください。『既に市場にある一般的な商品を錬金術で作る場合は、色やデザインは乙が指定して、甲がそれに従い制作する。』とあります。フローリストガーデンホテルチェーンで使用する全ての錬金術関連の商品を甲が作るとは書いてありません。でも、シャンデリアやライト、冷蔵庫や絨毯等スイカズラ工房様へお願いしている錬金術の商品は山ほどあります。他の工房には頼んでいないのですよ」
「それは分かっちゃいるんだが・・・・」
「ここで言うウチのホテルの中でだけ使う錬金術商品とは、主に調理場で使うウチのトップシークレットに掛かる部分なんですよ。これは外注することはありません。ウチで提供される国内有数の料理の秘密を外部に漏らす事になるのですからね」
ダンテスさんが少し強めに言うと、ボブ父は渋々ながらも理解してくれた様だ。
 




