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煮た肉は、徐々に人気が出た。
この時代、馬車での移動が殆どで、旅行者は圧倒的に男性が多い。
で、肉体を使って仕事している人たちには、相変わらず油たっぷりのステーキの方が好評だが、あまり体を使わない貴族や数少ない女性旅行客には煮た肉が好評だった。
なので3日前に初めて煮豚を出した時から、夜の定食には煮豚とステーキの2種類を用意している。
『熊のまどろみ亭』みたいな庶民的な食堂に貴族が来るのかと思っていたが、王都と自分の領地を行き来する貴族等は、妻子連れで馬車移動する事も珍しくないらしい。
とってもお偉い貴族様なら領主の館に招かれたりするけど、下っ端の男爵なんて招かれたりはしないので、自然と街道沿いにある食堂で食べる事になる。
まぁ、ポンタ村みたいな小さな村には元々領主の館なんか無いし、旅程の関係で領主の館のない村で食事を摂らざるを得ない場合もあるので、数は多くないけど、家の様な食堂にもたまに貴族様がお越しになる。
毎日ステーキと煮た肉両方を用意するのは難しいのではないかと伯父さんや爺さんは心配したけど、「限定10名にすれば解決するよ」という私の一言で解決した。
希望者先着10名という新しい定型文がポンタ村を中心に広がって行った。
次は何を作ろう?
私は料理を作る事、魔法を使う事、スキルを使う事が大好きな様で、アイデアだけは次々と沸いて来る。
まだまだ魔法やスキルの検証は足りていないのだが、地球の記憶を頼りに、今あるものだけでいろいろ作ってみるのも好きなのだ。
同時に、この世界にない物も作ってみたかったりする。
という事で、次はお酢を作ってみるのもいいかもしれない。
そんな事を考えて、昼食を終え、お昼寝のために家に戻ろうとしていた時、伯母さんが私を呼んだ。
食堂の方へ行ってみると『麦畑の誓』の面々が座って食事をしていた。
「アウレリア、元気そうだね」
「みなさんも。先日は、ありがとうございました。何とかこちらの生活にも慣れて来ました」
「いやいや、仕事だったんだから、お礼はいいよ」とミルコさんは照れたのか、少し顔が赤い。
ミルコさんの姉さんのドローレスが、ごそごそと鞄を漁って手紙を出して来た。
「ギジェルモとレティシアからの手紙だよ」
そうなのだ。ここへ連れて来てもらった翌日に両親には手紙を書いてミルコさんに預けていたのだ。
はっと気づくと、私の両目からは声も無く涙が溢れ、差し出した両手に乗せてもらった手紙を胸の所でぎゅっと体に押し付けていた。
伯母さんの手が私の頭に延びて来て、やさしくなでてくれた。
「この子はね、一切我儘も言わず、よく店を手伝ってくれるんだよ。この煮豚もこの子が考えたんだよ。小さいのに1人で頑張ってるってギジェルモたちに伝えてくれるかい?」
伯母さんの言葉に涙が増えた。
ミルコたちはウンウンと頷いて、暖かく私を見守ってくれていたが、「今日は、これからゴンスンデの方での仕事なんだけど、帰りもここを通るので、その時にもし手紙があったらギジェルモたちに届けるよ」とサバドが言ってくれた。
言葉にならず無言で頷くと、「じゃあ、そろそろお昼寝の時間だろう?家に戻ってお休み」と伯母さんが私の背中をそっと押してくれた。
まだ、ちゃんと言葉を発する事ができないので、無言で頷いて調理場の方へ帰りかけたのだが、ピーンと浮かぶものがあったので思わずピタっと止まってしまった。
さっきまで滂沱の涙を流していた5歳児が、やりたい事があったらコロっと態度が変わる事はよくあることだ。
子供の興味とか集中力とはそういう物だ。
だからか、この急な態度の変換を誰も不思議に思わなかったのだろう。
「麦畑の誓のみなさん。私から依頼を出したいのですが・・・・」
「手紙のことかい?」
「もちろん手紙もですが、ゴンスンデまでの行きかえりの間、料理に使えそうな草や木の種や実、差し木になりそうな物を採集して欲しいんです」
「例えば?」
「何でもいいです。これは食べられるっていうもので、珍しいものであればあるほどいいですけど、一般的な物でもかまいません」
「う~~ん。これは知り合いに会うついでに渡す手紙と違って、ギルド経由の依頼になっちゃうけどいいかい?」
「はい。父さんから少しお小遣いを貰っているので、たくさんは払えませんが、上限の金額を決めて依頼できるのなら、ギルド経由でもかまいません」
ミルコはしばらく考えていたけど、「ドローレス、もう食べたのなら、アウレリアを連れてギルドまで行って手続きをしてもらえる?」と自分の姉を見た。
「いいわよ。今食べ終わるから、アウレリア、一緒に行きましょう」
私は伯母さんを見上げ、頷いているのを見て、「お願いします」と手を差し出し、ドローレスに手を引かれギルドまで行った。