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「アウレリア様、噴水、見て来ましたよ。あれは凄いですね。デッサン画を描いて来ました。各ホテルに連作として納品したいので、有名な勇者伝の中からエピソードを抜粋したものです」
デ・フピテル工房の皆さんが力を合わせて描いてくれた力作が私の手に渡された。
噴水のバックを飾る彫刻はこちらの勇者伝を元に名場面を5箇所抜粋してデザインしてくれた。
ゴンスンデ>ナイトル村>王都>モリスン村>ヤンデーノの順で、勇者のエピソードを時系列順に並べる形になる。
うん!どれも良い感じ。
地球で言うところのバロックっぽい彫像だ。
勇者が切り取った魔物の首を持ち上げ、足ではその胴体を踏みつけている像なんて、躍動感が凄い!
マンテール、本当天才?
「いいですね。ダンテスさんも見て頂けますか?」
本来は私だけで決めて良いと言われているけど、こちらの世界の貴族文化は私よりダンテスさんの方が詳しいので、どうしてもダンテスさんの判断が必要なのだ。
「ええ、どれも力作ですね。私もこれで良いと思います」
ダンテスさんのその一言を聞くと、マンテールさんはデッサン画をひったくる様にダンテスさんの手から捥ぎ取り、「ありがとうございます。さっそく着手致しま~す」と大公様の館を飛び出して行った。
「アウレリア様、庭の樹木はもう殆ど植え終わっているし、噴水も設置し終っているので、デ・フピテル工房から彫像が仕上がって噴水の所に設置できると、モリスン村の庭は工事終了になりますね」
「ダンテスさん、じゃあ次はナイトル村の庭ですね」
「そっちも庭は可成り工事が進んでいますよ」
「ダンテスさん、BBQ広場をお忘れではないですか?」
「ああ。でも、BBQとやらの焼き網が設置できて、更衣室を建設し、広場に出店を作れば良いだけですよね?」
「まぁ、そうですね」
「以前頂いた絵の通りに設置するのはそんなに時間はかからないと思います。ああ、でも散歩道を整えると前に言ってらっしゃいましたね」
そうなんだよね。
ホテルから湖の傍のBBQ広場まで庭園の中を徒歩で15分は歩くことになる。
土を踏み固めただけでの道の方が良いのか、レンガや砂利なんかを敷き詰めた方が良いのか、まだ迷ってるんだよね。
雨が降ったらBBQ広場や湖に行く人はいないだろうけど、雨上がりには散歩する可能性があるんだよね。
その時、土を踏み固めただけの道だと靴がドロドロになっちゃう。
でも、こっちの世界の靴は靴底が薄いんだよね。
砂利とかレンガの道は歩く時に疲れやすくなりそう・・・・。
そう、ダンテスさんに考えを説明すると、河原にある様な丸みを帯びた砂利を敷き詰めて、その横には土を固めただけの細い道を並列させてはどうか?と言われた。
あれだね、日本で山登りする時、木材で間延びした階段状にしてある山道の横に段の無い道の方が好きな人のために獣道が併設してある、アレだよね。
BBQ広場に出店するお店の物品を運ぶ時、砂利道だと台車を使い辛いので、土の道も必要だけれど、水捌けの良い砂利道があるとお洒落だし、雨上がりも散歩できるので良いのではないかとのこと。
よって、その案、採用!
そう言えば、工事費とか研修期間中の人件費ってどうなってるんだろう?
その辺のところをダンテスさんに聞いてみた。
「箱ものの建設やスタッフの研修が終れば営業が始まりますが、最初の数年は建設予定の全てのホテルが開業できるわけではありません。その証拠に、王都ではまだ土地すら購入していませんしね。でも準備ができた所から開業します。そして収益が上がる様になれば建物もスタッフも全てアウレリア様に進呈します」
「あの、進呈されるとのことですが、フローリストガーデンの様に少しずつ掛かった費用をお返ししたいのですが・・・・」
「大公様のお立場では返して頂いても、返して頂かなくてもどちらでも良いのですが、使いたい時に高級ホテルに泊まれる様にしてもらいたい。つまり、赤字にする事なく経営を続けて欲しいという意向がございます。覚えていらっしゃいますか?元々この高級ホテルをというのは、旅する事の多い大公様が楽に移動できる様にという事でアウレリア様に宿題として出されました」
「はい」
「つまり、サービスの質を落とす事なく、一旦軌道に乗れば大公様からの援助なくずっと営業して欲しいという事なのです。だから、初期費用を返して頂く事によって後々経営が難しくなるなんて事があっては困るのです。それくらいならば初期費用は気にせず、設備と人材を受け取って頂きたいとおっしゃっていました。幸い、フローリストガーデンの方は既にお出しした資金は全てお返し頂いておりますが、今回は複数個所に豪華な宿泊施設を建設するので、工事もそれなりに費用が掛かっております。何より心配なのは人件費の方なのです」
ダンテスさんの言いたい事は良く分かる。
人件費はお客が入っても入らなくても半永久に支払い続けなければならない費用なのだ。
もっと安い人材がいるからと言って、ちゃんと訓練を受けた人を首にしてしまえば、サービスそのものの質が落ちる可能性がある。
だから、今、お金と時間と手間を掛けて、ダンテスさん経由で研修をしてもらっているのだ。
そんな優秀な人材を逃してはいけない。
給料が払えないなんて事態は絶対に避けなければいけないのだ。
「ダンテスさん。今すぐ軽々に今回の費用を全額お返ししますとは言えません。おっしゃる通り、数年は様子見が必要だと思います」
私が理解した事が分かったのか、ダンテスさんが嬉しそうに頷いた。
「でも、一旦営業が落ち着いて、継続してある程度の収入が見込める様になったら、出来るだけ初期投資にかかった金額はお返ししたいと思っています」
ダンテスさんは私の頭を優しく撫でた。
「はい。儲けが安定したら、少しずつお返し下されば良いですよ。でも、返す事が主ではなく、経営を継続する方に力を入れて下さいね」と、再度強調された。
素直に笑って頷いた。
ありがたや~。




