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この王都館は、1階には調理場や図書館、食堂、応接間、大広間、音楽室等があり、伯爵家を訪ねて来た人でも気軽にアクセスできる様になっており、そりゃもう煌びやかな装飾が施され、これぞ伯爵家って感じだ。
2階にはご主人様たちの居間や寝室、書斎や泊りがけで遊びに来られるお客様専用の部屋があるので、ちょっとプライベートな空間になっている。
使用人は皆3階の部屋で、10歳くらいの幼い使用人はさらにその上にある屋根裏部屋で寝起きしていたりする。
この屋敷はかなり大きくて、地上階の他にも地下には洗濯室や、食糧庫の様なものがあり、ハウスキーパーのアナベルさんが使うパントリーもある。
伯爵たちは普段領地に住んでいて、この王都館では社交界が華やかな時期だけ暮らすので、領地館と比べると自然と小さい所帯だが、それでも三十人以上の使用人がここに住込みで働いているのだ。
使用人の他にも私の様な使用人の子供等が住んでいる。
と言っても私の他には、3人の赤ちゃんと来年10歳になって成人になる2人だけで、この2人はそのままここの使用人になるらしい。
つまり、私と近い年の子供はここにはいないので、いつも独りでいるか、大人としか接する事がないのだ。
だからなのか大人しい子と評判だけど、一方で子供とのコミュニケーションを持つ事がないので友達もいない。
この館からめったに出る事もないし、館の中も両親が居る所か、使用人食堂か、執事の読み書き教室と私たち親子の部屋が私の行動範囲だ。
実は時々隠れて図書室へ入り込んだりしているのだけれど、今まで見つかった事は無い。
私たちの部屋は小さな子供には上り下りがキツイ3階にあり、階段を使う時は毎度ヒィヒィ言っている。
階段の1段ってこんなに高さがあったのかと子供の体になってから思った。
その階段も使用人専用の狭い階段で、伯爵ご一家や来客の目には留まらない様になっているのだ。
上級使用人ならば個室を貰えるけど、そうでない使用人は同性同士の相部屋というのが普通。
でも、私達親子は3人で一部屋を使わせてもらっている。
使用人部屋は一律ベッド2台だけ。家具らしい家具はベッドの他には丸テーブルと椅子2つ、そして衣服を仕舞い込んでいるチェストくらいしか支給されず、私たちの部屋もそれだけの家具しか置いてない。
ウチは3人だけど、私がまだ小さいのでベッド2つをくっつけて、寝る時は川の字になる。
パーラーメイドである母さんは低級貴族の子女がなる奥方付きのレディメイドとは違うので、普段、奥様の刺繍に付き合う事などないのだが、レディメイドのシンシアさんが病気の時、奥様の気まぐれで付き合って作った刺繍作品が、武骨な木製のチェストの上に置かれている。
いろんな色の糸で施された刺繍は、色の乏しいこの部屋を明るくしてくれる唯一の装飾と言っていい。
前世や前々世と比べてもとても質素だ。
1階だけでなく2階の旦那様たちの部屋は貴族なので豪華な壁紙だけど、人の目に触れる事のない使用人部屋は漆喰の壁だ。
常に白くある様にと数年に一度石灰を塗るのだが、これが曲者で、服などが壁に当たると、石灰の白がついてしまうのだ。
だから、ベッドやチェストも壁から少し離して置いてある。
そのせいで狭い部屋が余計に狭く見える。
洗濯機なんて便利な物がないこの世界、服は4~5日着てからじゃないと洗わないから、その間どうするかというと、石灰が服に着かない様に壁にはめ込まれた板に打ち付けられた釘に引掛けるのだ。
そうすると皺にならない。
ハンガーも見た事もないから、もうちょっと大きくなってハンガーとか作って貴族に売ったらいい商売になるかも?
「アウレリア、歯は磨いたの?」
「はーい」
「じゃあ、ベッドに入りなさい」と母さんが上掛けをめくって、私がベッドに入りやすい様にしてくれる。
子供は比較的放任主義で育てられるこの世界において、ウチの母さんはとても子煩悩だ。
父さんはルイージさんにさっきの続きをされては敵わんと、夕食時も離れた所に座り、食事が終わってからも捕まらない様に親子3人でとっとと使用人部屋まで戻って来たのだ。
母さんが脱がせてくれた私の服を釘に引掛けてくれたのを見て、目を瞑った。
しばらくすると、「アウレリアはもう寝たか?」と父さんが横になった私の顔を上から覗いてるのが、閉じた瞼越しになんとなく分かった。
いつもならベッドに入るとすぐに寝てしまうんだけど、明日は私にとって一大イベントがあるので中々眠れないのだが、いつまでも起きていると怒られるので寝たふりを決め込んだ。
私が寝たと思ったのだろう、両親は部屋の隅っこにあるテーブルで向き合って座った。
私はベッドで薄目を開けて、こっそり二人の話を盗み聞きした。