60
フェリーペはサムエル様たちの視線から外れたのを確かめているみたいで、大丈夫と思ったのだろう。
私が掲示板に貼り付けていた大公様の宿題のロードマップをササっと外した。
「リア、これ、目に入らないところに仕舞っておいて」
私はストレージが使える事を誤魔化すためにいつも持ち歩いている手提げ袋の中に入れるフリをしてストレージに格納した。
「フェリーペ、ありがとう。良く気が付いたな」と闇王様はハッとした様子だ。
「いえ、俺が気づいたのではなくセシリオ様が気付かれました。間一髪で助かったと思います」
「そうだな」
私や勇者様の頭の上にはクエスチョンマークが飛んでいる。
それを見た闇王様が「後でちゃんと説明する」と言い、みんなで作戦会議室に座って、第三皇子たちが降りて来るのを待つ事にした。
おやつ作りも今はしない方がよさげなので、私も何もせずに座って居る。
しばらくするとサムエル様とディアナ様がセシリオ様に先導されて1階へ降りて来た。
「ここがキッチンで簡単なお茶なんかを用意する事もあります。そしてこちらが図書になります」と、階段下のスペースを手で指示した。
「へぇ、これは随分居心地が良さそうなスペースだな」
第三皇子は誰に言うともなく感想を口から零した。
「で、こちらが飲み食いする時の場所で、あちらの皆が座って居る所が会議をしたり自習したりするスペースです。如何ですか?参考になりましたか?」
「とっても居心地の良い部室だな。この学園の部室とは全部この様な広いスペースを割当られているのか?」
「いえ、ここはアドルフォ様の御実家からの寄付で建てた物で、アドルフォ様がご卒園されると学園側へ引き渡す事になっております。普通のクラブの部室は2つある部室棟にあります。ウチの部室のすぐ真ん前の建物とその横の建物がそれにあたります。クラブの活動内容を鑑みて部室の大きさが決められているらしいです。一度、そちらへ行かれる事をお薦めします」
「ふむ。だとすると、私が新たに部室が欲しい場合は学園側に相談して新しい建物を建てると言う事になるのかな?」
「それはサムエル様次第ではないでしょうか。新しい建物の許可については我々では分かりませんが、申請自体は学園の先生経由で問合せをすると良いと思います」
「ところでここではお茶を淹れる事が出来る様だが、一杯御馳走してもらえないか?」
皇室って一番上の地位なので、自分の意見が通ると信じて疑わないのだろうなぁ。
闇王様は一瞬固まった様だが、茶くらいならと「茶菓子は今切らしているのでお茶だけになるけれどよろしいですか?」と聞き、それに肯定で応えた皇子とその連れをダイニングテーブルの方へ案内した。
「誰かテラスにいるアドリエンヌを呼んで来てくれるか?」
ウチのクラブでは美味しいお茶イコールアドリエンヌ様なので、こういう高貴な方へのお茶出しは彼女にお願いするのが無難だろう。
闇王様の指示に私が従おうとしたところ、セシリオ様が若干慌てた様に「今、アドリエンヌ様はご都合が悪いかと・・・・。メグ、様子を見に行ってくれますか?お茶はアウレリアにお願いしても良いですか?」と遮って来た。
私たちに否やは無いので、メグも私も無言で頷いてそれぞれのやらなければいけない事に着手した。
「フェリーペとボブは2階で中断している作業を続けてくれ」と言う、闇王様の指示に困惑しながら二人は二階へ上がって行った。
私はキッチンでパパっとお茶を淹れて、ダイニングテーブルまで運んだ。
何の茶菓子も無いと言うのは恰好がつかないので、りんごをカットした物を一緒に出した。
そのまま二階へ行こうか、お代わりが必要な時のためキッチンで待機した方が良いかもと少し悩んだけど、万が一のためにキッチンで待機を選んだ。
「これだけ居心地の良い部室があると、寮の部屋よりもこちらで過ごしたくなりますね。もし、僕が部室を建てるとしたら、ここの内装をしてくれた職人を紹介してくれませんか?」なんて宣う第三皇子。
らめぇぇぇっぇ。それ、私だかららめぇぇっぇ。
「申し訳ない。意地悪をする心算はないが、ここの内装をした者は既に内装の仕事をしておらず、ご紹介するのが憚られます。もし、宜しければ、同じくらい有能な内装の職人を複数ご紹介しましょう。良い仕事をしてくれると思います」
「オルダル国にはこのレベルの内装を設計できる凄腕の業者が複数いるのですか?」
「はい。それぞれの設計のテイストは違いますが、優秀な内装業者は結構おります」
「そうですか、それでは是非紹介して頂きたい」
「分かりました」
サムエル様たちはお茶のお代わりをする事なく席を立ち、部室から出て行った。
闇王様も私も二階で何があったのかを確認するため、急いで二階へ上がって行った。
メンバーは全員テラスに集まっていた。
アドリエンヌ様の顔色が悪い。
「どうしたんだ?」
「あ、アディ。実は・・・・」とセシリオ様が言うには、二階を案内している時、ディアナ様が毒のある会話をアドリエンヌ様にしたらしく、アドリエンヌ様は可成り落ち込んだ様だ。
だからお茶を淹れる時にアドリエンヌ様を呼ぶ事を暗に否定したんですね。
「何を言われたんだ?」
「アドルフォしゃま・・・・。取り立てて罵詈じょー言を吐かれたと言う訳ではないでちゅ」
活舌が可成り良くなっていたアドリエンヌ様だけれど、気が動転しているからか幼児言葉に戻っている。
見かねたセシリオ様がアドリエンヌ様に代わって説明してくれた所によると、ディアナ様が「私は子爵と言う貴族の末端に属する者ですが、貴族の娘として恥ずかしく無い様に日々研鑽しているつもりです。ですが、まだまだ物を知らなかった様ですわ。貴族の娘が庭いじりと言うのは、貴族の行動規範から外れている様に思っていましたの。最近は貴族の子女であっても庭いじりをすると言う事が許されると言う事を私の父母にも認識を改めさせる為に伝えないといけませんわね。だって大貴族の子女であるアドリエンヌ様が間違った事はされないと思いますしね。私どもの認識が古かったのでしょう」と言われたらしい。
ウチのメンバーは全員知っている事だが、アドリエンヌ様の御実家では庭いじりをする事が許されていないのだ。
ディアナ様の御実家からアドリエンヌ様所縁のどなたかに庭いじりの事をバラされてしまうと、アドリエンヌ様の一番やりたい庭いじりを取り上げられてしまうかもしれない。
彼女もその可能性の高さを理解している様で、だからこそ、ここまで落ち込んでいる様だ。