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「うわぁぁぁ。これって何?こっちの黄色のは?」
「硫黄だよ。色んな物を作る時に必要な物なんだ。例えばね魔石を使わない火起こしとか、洗剤の原料でもあるんだよ。奥の部屋にももっと色々あるからそっちへ行ってみよう」
「うん」
錬金術工房の話になると、俄然ボブの勢いが増し、説明も饒舌になって来た。
黒い木材、白木、ちょっとした石や岩、粉や宝石、金属類、乾燥させた流木、本当に色んな物が所狭しと、そしてきっちり整理整頓して管理されている工房の倉庫。
男の子だったら夢中になるのも分からないでもない。
その証拠にランディの目はキラキラと輝いている。
倉庫の見学が終るといよいよ工房の作業場見学なんだけど、こっちは働いている人たちの邪魔にならない様にしなくてはいけない。
働いている作業員の邪魔にならない様に作業している人に質問するのではなく、ボブが前もって用意していた設計図を取り出し、錬金の機械に材料と一緒に載せデモンストレーションをしてくれる事になった。
当然説明付きだし、質問にはボブが直接答えてくれるしね、いいね、いいね。
「この箱の下に設計図を入れ、ここに材料を入れるとね、魔力を持つ錬金術師がこの魔石の所を触りながら魔力を注ぎ込むんだ。ちょっと見ててね」
ボブが注意深く魔力を注ぐ。
材料は黒っぽい粉なので恐らく金属なんだと思う。
そこへガラスの材料も入ってるみたい。
ものの3分で大まかな外枠が出来、黒い金属の立方体の枠みたいな物が出来始め、更に徐々にガラス部分が形を作って行く。
10分も経たない内に黒い金属枠の内側にガラスが入り、金属枠の一部は『熊のまどろみ亭』という文字になっている。
工房の端っこに置いてあった電灯の一部分、光が灯る部品をガラスの内側に設置し、魔石を嵌め、金属枠の側面にあったボタンを一回押すと、中から光が灯った。
ランディはそれを見て言葉が出ないくらい驚いている。
「これね、フェリーペが材料費を出して、僕が設計図を引いたんだよ。気に入ってくれた?フェリーペと僕からの王都のお土産なんだ。もらってくれる?」
ランディはまだ言葉が出ないみたいで、両腕にしっかりお店の看板を抱え頷いている。
「ランディ」と軽く肘で突くと、漸く我に返ったのか「あ、ありがとう!こんな素敵な物を貰ってもいいの?」と半信半疑の呈でお礼を言った。
「もちろんだよ。貰ってくれないとがっかりするぞ」とフェリーペが揶揄いながら言うものだから、ランディも「お、おう。ありがとう。もんのすごく嬉しいよ。しかも目の前で作るのまで見れて、本当に本当にすごかった!」と感動一頻。
これで工房の見学も終わり4人で次はウチの店で夕食なんだけど、折角ならということでボブの母さんがネームプレート型看板を綺麗に包装してくれたのが、これまた嬉しいらしく、4人で乗り込んだ帰りの馬車の中でランディははしゃぎっぱなしだった。
フェリーペやボブもウチの店でのお食事と言う事もあり、これまたとってもはしゃいでいてとても賑やかな移動となった。
お店の中でランディが食事をする事はまだなかったんだけど、最終日の夜は賄いでもなく、家の居間やサンルームでもなく、一度はお店でということで営業時間の温室で食事をする事になった。
大公様用にいつでも使える様にしているテーブルを流用させてもらう事にしている。
開店当時から予約がいっぱいで予約待ちのお客様が多いウチの店だが、城の晩餐会の成功で更に予約を取る事が難しくなっている。
どういうことかというと、以前はお客さまの来店時間はお客様によってまちまちだったため、30テーブルが同時に埋まる瞬間はあっても、遅めの来店する客のテーブルは空いてる時間が存在していたのだけれど、最近は予約を取りたいがあまり客が開店時間にほぼ全てのテーブルが埋まってしまい、1周目の組が終わって2組目の来店時がほぼ全席が同じ様な時間帯に埋まっていて、テーブル毎の空き時間があまり無いのだ。
バーラウンジがあるので、前の組の食事が終らなくてもある程度は待ってもらえるのだが、閉店があまり遅くなるのも嫌だし、際限なく待たせられても全テーブルが埋まっていたら、予約時にテーブルAでと考えていたけど、実際の空き具合を見てテーブルCに案内するというやり方が出来ないのだ。
晩餐会後は「お客様のお食事開始の2時間後には別のお客様がご利用になられるので、大変申し訳ないのですが、終了のお時間を決めさせて頂いております」という定型文を作り、予約時に確認しており、一度はその条件で承知したにも関わらず、来店時にゴネる客は二度と予約を取らせないという対応をしていたら、自然と時間を守ってくれるお客様だけが予約する様になった。
ということで、今夜の大公様席は事前に大公様にお伺いを立て、家で使わせて頂く事にしているのだ。
サブリナに誘導され、噴水の真横の席に着くと、冬のメニューからそれぞれが好きなシチュー等を選び、早速工房での感想の話となった。
「俺は村の宿屋くらいしか知らないけど、都会には工房ってあるんだな。村にも大工はいるんだけど錬金術の工房はないからとっても楽しかった」
「楽しんでもらえてよかったよ。いろんな材料があって、いろんな作り方があるから、新しい商品を考えたりするだけでもとっても楽しいんだよ。まぁ、そういうのは僕よりリアの方が得意なんだけどね」
「ボブの言う通り、リアの発想力って尋常じゃないんだぞ」
「えええ?尋常じゃないとか・・・・。もう~」とちょっとふくれっ面をしてみせると、皆が笑う。
王都の話や学園の話についても大いに盛り上がり、美味しい料理を堪能し、また会おうという男同士の約束と、手作りの素敵なお土産をありがとうという締め括りの挨拶でその夜はお開きになった。
ボブはウチの店で食事出来た事がよっぽど嬉しかったのか、始終チェシャ猫の様な笑顔だったよ。
翌朝、父さんと母さんそして私と一緒に、ランディは大聖堂前広場の駅まで移動し、父さんが雇った『麦畑の誓』の面々に合流し、乗合馬車に乗った。
「叔父さん、叔母さん、リア、ありがとうございました。王都をたくさん見る事が出来て楽しかったし、勉強になりました。お土産もいっぱい貰って本当に嬉しかったです。スティーブ叔父さんたちにもよろしく言って下さい。後、ボブとフェリーペにもよろしく」とちゃんと大人な挨拶をしてくれた。
「また来てね!伯父さんたちやフェリシア、学校の皆にもよろしく!」
「今度はマノロ兄さんたちも一緒に来てくれると嬉しいな」なんて挨拶をすますと、ランディの乗った馬車は広場を出て、王都を出るための門の方へ移動した。
父さんと母さんからはマノロ伯父さんたちの為の生地を複数枚。ランディの服は王都で買えたけど、伯父さんたちの服は自分たちで仕立ててもらった方が体にぴったりくるからね。スティーブ伯父さんたちもランディにお小遣いやマノロ伯父さんたちには高級な石鹸など王都でないと手に入らないものを、そして私からは砂糖の大きな袋と日持ちするクッキーと『熊のまどろみ亭』の新しい商品としてクッキーを活用してもらうべくそのレシピをお土産として渡した。
今度はフェリシアも一緒に呼びたいな。




