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「うわぁぁ。父さん、これすごいねぇ」
「え?リアは王都に住んでるのに、劇場を見た事ないの?」
ランディが不思議そうな顔をしてこっちを見てる。
劇場を見る見ない以前に、劇場がある事すら知らなかったよ。おほほほ。
「ああ、アウレリアは王都の中は店や学園、前住んでたお貴族様の屋敷の周りしか知らないんだよ。王都は人さらいとか色々怖いからね。ランディも一人でフラフラ街を見に外へ出てはだめだよ。常に誰か大人と一緒に居る様にな」
「はい」
「ねぇねぇ、父さん、これ中に入って見る事ができるの?」
「ああ。今日は切符を買いに来たんだ。お前たちに劇を見させてやろうと思ってな。ただ劇は夜にしか見れないけど、お前たち遅くまで起きていられるかな?」
「「起きていられるぅ」」
「明日はウチの店もお休みだから、スティーブ兄さんやトム兄さんも見たいって言ってるから、みんなで見に来ような」
「やったー!」
そうか、休みの日でない限り伯父さんたちは夜の営業の時間が劇場が開演する時間と被るもんね。
劇場は全体的に白い建物で、たくさんの円柱が目を引く豪奢な建物だ。
しかも20段近くある階段を上がって入口や切符売りの窓口へ行く様になっている。
「ねぇ、父さん。どうして階段があるの?」
そうなのだ。別に坂になっているわけでも、劇場がある所が他より低い土地に建っているわけでもないのに、20段の階段とは結構な段数だと思う。
「ああ、それはね。舞台の下にも役者が通る道とか色んな仕掛けがあるそうでね、その為にお客が歩く床は少し高い所に設置されてるんだって聞いたぞ」
「「おおおお」」
早くも明日の舞台が楽しみになってきた。
歌舞伎みたいに色んな仕掛けがあるのかなぁ。
無事、明日の劇場のチケットをゲットして、今度は大聖堂へ行く事になった。
今までは貴族街の中の移動でも貸馬車で移動だったんだけど、馬車よりも歩いた方が色々と道中も見れるので歩けるところまで歩ける事にしたとのこと。
もちろん、歩くのが辛くなったらそこら辺のお店でお茶してもいいし、馬車が空いてたら馬車を頼む事も出来るらしい。
大聖堂は劇場より背の高い建物なんだけど、地球の記憶に比べるとちょっと寂しい。
なんでかなぁって考えていたら、ステンドグラスが無い事に起因している事に気付いた。
天井はとっても高い所にあって見上げると首が痛い様な位置に窓があるので、あの位置にステンドグラスがあっても窓自体の絵は見分けが付かないだろうし、光として入ってくる色も、地階に届く頃にはボヤけているだろうしね。
と言う事はステンドグラスが原因ではなく、もっと下の方に窓が無い事が誘因かも。
「すっげぇ。どのくらいの高さがあるんだろう?」
「ランディ、あっちの上をちょっと見てごらん」
「叔父さん、どこ?」
「あそこ。白い手すりみたいのが見えるかい?」
「うん」
「あそこはね、時々王家の人が来て礼拝するための祭壇があるそうなんだ。そしてね、そっと上から下を見ても、こっちからは王様たちの顔が見えない様に設計されてるんだそうだ」
「へぇぇ」
「ここは貴族街と平民街の境目にあるから、平民がどの様なくらしをしているか上から様子を見て探るんだそうだ」
「王都はお貴族様が住む所と平民が住むところを分けてるんだね」
「そうなんだよ。王都だけじゃなくって大きな街は大抵分けているね。ゴンスンデも大きな街だから、スティーブ兄さんたちに聞いてみたら面白い話が聞けるかもな」
「うわぁ。それは私も聞いてみたい。この前ゴンスンデには行ってみたけど、住んでたらいろんな話がありそうだもんね」
「リアの友達の女の子がゴンスンデに住んでんだっけ?」
「そう。メグって言うんだよ。この前は帰りの時だけ『熊のまどろみ亭』に泊まった子だよ」
「そっか。帰りは一泊だけだったから、あっと言う間に王都に帰って行ったからな。学校のみんなもまたリアに会いたいって言ってたぞ」
「本当?うれしい~」なんて呑気に話していたら祭壇の前に到達した。
父さんが私たちに小銭を渡してくれ、「これをあそこの箱に入れてあの赤い蝋燭を1本取って火を点けたら、像の前の祭壇に置いてお祈りするんだよ」と、まずは自分がお手本を示してくれた。
ズラリと並んだ見上げる様な大きな像の中から父さんが選んだのは創造の男神だったので、私たちも同じ神様の前に行き、ランディと並んでお祈りをして、1階にある大きな神様の像を全部見てから、大聖堂前の広場に出た。
「あ、あそこ見覚えがある」
そうランディが指差したのは乗合馬車の駅だ。
駅と言っても何もなく、切符売りの小屋と数台の馬車が停まっているだけだ。
後は旅人がワイワイ集まってる事くらいかな。
馬車の駅を遠巻きにして、同じ広場にある食堂に入る事にした。
「お昼よりちょっと早いけど、いっぱい歩いたから喉も乾いただろう?食堂が混む前に昼食にしよう」と言って、父さんは1軒の木造の食堂に入った。
『熊のまどろみ亭』と似た雰囲気の店で、ここでは日替わり定食1種類のみ提供しているみたいだ。
「定食3つ頼む」と父さんは店の奥に声を掛け、座るテーブルは私たちに任せてくれた。
天気の良い日だったのでガラスなんて入っていない吹き抜けの窓際の席にし、食べながらでも広場の様子が見れる所にした。
「王都の建物って大きいんだな」
ランディが窓の外を見ながら言った。
ランディの席からは丁度今まで居た大聖堂が見えるのだ。
「そうだな。劇場や大聖堂は多くの人が行くから大きいし、お貴族様の館も位が上になればなるほど広い敷地で建物も大きくなるな。後で平民街にも連れて行く心算だが、そっちも大商人の店なんかは大きな建物のものもあるぞ。後、一つだけ言っておかないといけないんだけど、王都の南東へは行ってはいけないよ。スラムがあるんだ」
「スラムって?」
ポンタ村にはスラムがないからランディはスラムという言葉自体知らなかった様だ。
「スラムっていうのは大人でも仕事がなくて食べる物や住む所のない人が集まっている所なんだ」
「え?大人なのに仕事がないの?」
「ちょっと説明が難しいんだがな、仕事が無いというのも元々王都の人でなければ伝手がないからなぁ。そうなるとなかなか仕事にありつけなかったり、仕事を持っていたんだけど病気や怪我をして働けなくなった人とか、家族に重い病人がいて薬代にとてつもなくお金が掛かる人達、そして働くのがイヤだって人もいるから、一概に悪い人とか良い人って訳じゃないんだ。ただ、食べる物もなかったら盗んででも食べなければ死んでしまうだろう?だから、そういう人が集まっている所へ行って、何か盗られても嫌だから行かない様にってことだ」
この話にランディはショックを受けた様だった。
ポンタ村は小さな村だし、全員生まれた時から顔見知りだからスラムなんて出来ないよね。




