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「メルモット調理長様、今日はお忙しい中食材確認にお付き合い下さり、ありがとうございます。出来るだけ早く終わる様に致しますので、どうぞよろしくお願い致します」
この世界でも日本語の曖昧挨拶の代表格、よろしくお願いしますと同じ表現があるのが前から不思議だったんだよね。
地球でも外国語だとそういうの無いもんね。
でも、便利なんだよね。
人とのやり取りに殺伐感が無くなるしね。
「ああ」
メルモット調理長は尖った顎鬚を生やしている30代くらいの美丈夫だった。
やはり外部の人間に調理場を使われる事に抵抗がある様で、私たちを歓迎はしてくれてない事がやんわりと伝わってくるが、これみよがしにならない様に気は使ってくれてるみたいだ。
「早速だが、お前たちの食材はこっちの部屋で保管している。俺は今日の昼食の用意で忙しいので、食材の確認にはこいつが立ち会う」と10代後半の見習い男子をぐいっと前に押し出した。
「オルドスです。よろしくですっ」
見習い少年が自己紹介してくれたので、こちらも自己紹介をし、調理長と別れ食材の確認を始めた。
私のスキルで鑑定を始める。
父さんは以前に私が作った食材リスト片手に品目と数量を一緒に確認を始める。
スティーブ伯父さんはそれぞれの食材を使い易い様に、料理毎に分ける作業を進めている。
つまり玉ねぎだと、ポタージュにも使えば、肉のソースにも使うので、それぞれの料理に必要な分量に分けて箱やトレイにならべたり、予備の物は頭陀袋に入れておくなどの簡単な作業だ。
食材の中には少し品質が下がっている物もあったが、事前に納品されているため、特別な事ではなく、ちょっとした時間経過による品質低下でそのまま調理しても問題ない状態で許容範囲の中であった。
「全て揃っているな」
「品質も許容範囲です」
私たちの会話を聞いてオルドスはほっとした顔をした。
「では、今日持って来たウチでしか用意できない食材を確認下さい」
父さんの方が断然年上だけれど、今はオルドスが対私達の城の調理場代表代理なので、ちゃんと敬語で対応している。
「はいっ」
ソースやベーコン、スモークサーモンなどを並べ、少量ずつオルドスに毒見をしてもらい、一緒に冷蔵庫や直射日光の当たらない場所などそれぞれの食材に適した場所に保管していき、お互いが持っている食材リストに加筆していった。
最後に、お互いが持っている食材リストに差異がない事を確認して、保管庫を出、もう一度調理場へ向かい昼食の調理で忙しくしているメルモット調理長にオルドス少年が声を掛けた。
「食材の確認は済んだんだな」
「はい」
オルドス少年が父さんの代わりに答えると、満足げに頷いた。
「すみません。今日の昼食の調理が終了されたら、一度こちらの調理器具を確認させて頂いても良いでしょうか?」
父さんがメルモット調理長にお願いすると、嫌々と言う事を隠そうともしない顎鬚おじさんが「調理が全て終わってからなら良い」と許可をくれた。
確認してみると、鍋やフライパンくらいは問題ないが、やはり包丁関係が全滅だった。
まず、ちゃんと研いでない。
大きさもナイフの様な大きさと中華包丁くらいの大きさのモノしかなく、少し使い辛い。
それをスティーブ伯父さんが父さんに言うと、父さんからメルモット調理長に包丁とまな板を持参させて欲しいと願い出た。
日本の料理人と違って各調理人がマイ包丁を持つという習慣のない世界なので、なかなか調理長の理解を得る事が出来なかったが、細かな細工包丁を施すメニューなのでと何とか押し切った。
「父さん、当日用のお皿も見せてもらった方が良いのでは?」
「ああ、そうだな。お忙しいところ申し訳ございません。当日使う予定のお皿も見せて下さい」
丁寧に頼んでいるのだが、どうにもメルモット調理長は面倒くさいらしく、嫌々皿が並んでいる所へ連れて行かれた。
「手前が普段使いの食器だから、お前たちが使うのは奥の来客用の食器だ」
大きさや皿の色、形を確認し、今日王城で確認しなくてはいけない事は全て確認したと思ったのだが、スティーブ伯父さんが、「調理場から晩餐会会場までの距離を知りたいので、会場までご案内願いますか?」と直に調理長にお願いした。
嫌そうな態度を崩さずオルドス少年に我々を連れて行く様に、そしてそれが終ったら城の使用人用の出口へ連れて行く様に申し付け、自分は休憩室らしいところへ消えて行った。
調理場から会場までは4分でたどり着く事が出来る距離だった。
熱い料理は熱いままサーブ出来る様に事前に全ての料理のタイムラインを考えてはいるし、それをウチの店の下働きまで含めた料理人で共有している。
しかし4分は可成り離れている。
スープや肉が冷める事を考えて、どの様な形でサーブするのかを3人で考え始める。
オルドス少年によると、貴人に提供する料理が冷めているのは当たり前のことなんだそうだ。
でも美味しく食べて欲しいじゃないの。
貴人だってぬるいスープよりは熱々の方が美味しく感じるでしょ?
まぁ、地球だって熱々を求めるのは日本人や中国人くらいで、ヨーロッパの人は温めのスープの方を喜ぶけどね。
それでも熱々で出て来て冷ましたいのなら、同じテーブルの人と会話をしていればすぐに温くなるけど、温いスープを熱々で食べたい人には対応できない。
やはり、熱々でサーブした方がいいよね。
「カートを使って熱湯を入れた入れ物の上に置いて運べば少しは冷めない状態で提供できるだろうか?」
スティーブ伯父さんの案は良いが、カート自体が私のスキルで作り出している物なので城には無いはずだ。
となるとカートの持ち込みが必要になるわけで、持ち込みの可否は調理長になる。
既に休憩室に引っ込んでしまっている調理長目掛けて戻り、嫌がる調理長に当日早めに来てカートを持参する事の許可をなんとか捥ぎ取った。