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王都方向へ村の外れまで歩き、左手に現れた獣道より少しだけ立派な草道を踏みしめて出来た道を曲がった。
「うわぁ。ここって全部畑なの?」と私は周囲を見回した。
左側に見える村の建物以外、主だった建物はずっと先の方に見えるだけで、緑の麦が植わっている。
働いている農夫などの服装は、ミレーの落穂拾いの様だ。
フェリシアを先頭に、ランディと私が並んで付いて行ってる感じだ。
ランディは道の両脇に生えている背の高い雑草を一本切り取り、手で振り回しながら低く口笛を吹いている。
「そうよ。ここら辺は全部麦畑」
「へぇ、何時頃収穫するの?」
「秋に植えて、翌年の夏頃に収穫するんだよ」
自分の良く知ってる話題になって、フェリシアは嬉々として教えてくれる。
そういうところ、私は嫌いじゃないよ。ってか、可愛いかも。
私が一々「へぇ~」「ふぅ~ん」「すご~い」と合いの手を入れているのも彼女を話しやすくしているのかもしれない。
一本道を少し歩くとポツリポツリと納屋付きの農家が現れた。
恐らくだけど、ここらがポンタ村の農業エリアなんだろうなぁ。
「どこの家も雨戸は閉まってるのね」
「もう冬だからね。まだ雪は降ってないけど窓をずっと開けてると寒いのよ」と言って、フェリシアは一軒の農家の煙突からたなびいている煙を指さした。
「どこの家も、もう暖炉を焚いてるから、余計に窓は開けられないよね」
確かにガラスの無い鉄格子だけの窓は、雨戸を閉めないと風が家の中に入ってきちゃうのか。
貴族様の館の窓はガラスが嵌っていたけど、庶民の家にはまだ無いのが当たり前なのかぁ。
「冬は窓を閉めるから家の中が暗いのが嫌なのよね。しかも冬の手仕事があるから蝋燭がいくらあっても足りないよ」なんて愚痴がフェリシアの口から出て来る。
閉め切った家の中で光源が乏しかったら暗い気持ちになるだろうなぁと、この辺りの農家の生活を想像してみた。
良く見ると各農家の軒先には玉ねぎなんかがぶら下がっていて、ああ、玉ねぎはああやって保存するのが一番だよねなんて地球の事を思い出した。
大正の頃田舎では、長めに残した玉ねぎの茎同士を結んで軒下の物干し竿に引掛けて保存していたのを思い出した。
こっちでも同じ様な保存方法なんだなぁと感慨にふけっていたら、母さんの実家に着いた様だ。
ここまで子供の足で30分くらいかかっていた。
結構歩き甲斐があった。
ということは、フェリシアは日曜毎にこの道のりを歩いて学校に通っているんだなぁっと思った。
母さんの実家は、横に長いレンガ造りの一階建てで、母屋にくっつける様に木造の建物があり、屋根は萱か藁で葺いている様だ。
煙突から煙が登っており、木造の軒下にやはり玉ねぎが吊るされていた。
低い垣根で仕切ってある内側が庭なのか、鶏が数羽放し飼いにされている。
木造の辺りから「メェメェ」とか「ブォー」という動物の鳴き声が聞こえて来るので、あそこは家畜舎なのかもしれない。
あれだけの大きさの建物なら、結構たくさんの家畜を飼っているのかな。
木で作られた簡素な門を開けて、フェリシアが家に向かって走り出した。
鶏がびびってフェリシアに道を開ける。
「ばっちゃー!連れて来たよぉ」
フェリシアが家の中に消えてしばらくすると、杖を持った白髪の老婆がフェリシアに支えられながら顔を出した。
年の頃から婆さんだと思う。
私を見るなり「おおおお!レティシア!」と言った所を見ると、私は母の子供の頃に本当によく似ているらしい。
フェリシアはいつも一緒に暮らしている者の遠慮のなさで、すかさず婆さんに訂正を入れてるよ。
「ばっちゃ、アウレリアだよ。レティシア叔母さんじゃないよ」
「本によう似とるねぇ」と婆さんは優しい声で言いながら私の頭がある方へ手を伸ばした。
これ以上足の悪い婆さんが歩かなくて良い様に、直ぐに婆さんに近寄った。
すかさず婆さんの手が、私のバターブロンドを愛おしそうに撫でた。母さんと同じ色合いだからね。
「婆さん?」
婆さんは「うんうん」と言いながら頭を縦に振っていた。
「アウレリアです。会えて嬉しいです」と言うと、それまでニコニコ顔だった婆さんの顔が更に破顔した。
「さぁ、寒いから中にお入り。ランディもだよ」と言いながら、杖の「コツン、コツン」という音と共にゆっくりと家の奥へ向かった。
うわぁ、フェリシアってすごく自然に婆さんを支えてるんだなぁ。婆さんが歩きはじめたらスッと肘を支えたよ。ということは普段から婆さんを支えるのはフェリシアの仕事なのかもしれないね。
ちょっぴり短気だったり、口調が強かったりするけど、本当にいい子なんだなぁ。
従姉が良い人だと、とっても嬉しいよ。
玄関から入ると居間なのか、大き目の暖炉がある。
「お座り」と暖炉前の床に並べられた蓋つきの箱を指さされたので、ランディと一緒に座った。
婆さんはフェリシアに何か小声で言いつけ、自分は暖炉横にある背もたれのある揺り椅子に「よっこらしょ」と座った。
手助けがなくてもスッと座った所を見ると、婆さんの定位置なのかな?
ほどなくフェリシアが白湯と肉を挟んだ小さなパンを持って来てくれた。
「良かったらお食べ」と婆さんが差し出してくれた。
さっき昼食を食べたばかりでお腹は一杯なんだよね。
でも、初めて会った婆さんの言う通りにしたいなと差し出されたパンの塊を見た。
一番小さな塊を手に取った。
ランディは育ちざかりだから、遠慮なく手を伸ばしていたよ。良く食べるなぁ。
さっき昼食を摂ったばっかりだよ。
私のも半分に切って差し出したら、嬉々として口に入れていたよ。




