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「アウレリア様、ギジェルモ様、ようこそお出で下さいました。主人も楽しみに待っておりますので、どうぞこちらへ。あ、そちらが今夜の試食分ですね、ヌリアお預かりしなさい」
晩餐会の事を考えた1週間が過ぎ、また週末となった。
先週お伺いを立て、お約束頂いた大公様の試食会のために、父さんと大公館にお邪魔しているのだ。
ダンテスさんが大公館の玄関で迎えてくれ、横に立っていたお仕着せを着たヌリアと呼ばれたメイドに私達が持参した王家の晩餐会用の試食一式を受け取る様に指示を出した。
「ささ、こちらです」と私達親子の左斜め前を歩くダンテスさんについて1階の奥にある応接室まで移動する。
相変わらず豪奢な建物だなと思うけど、父さんは既にそのすごさに圧倒されている様だ。
一年以上前に一度来ただけの館で、前回とは違う場所を通っていることもあり、ちょっとだけ挙動不審になっているのだけど、本人はそれを隠そうと必死みたい。
頭は左右に動いていないけど、目が忙しなくあっちこっちを見ているので分かっちゃうんだよね。
ダンテスさんが少し頭を下げ、「こちらでございます」と手で中へ入る様に促してくれた。
「こんにちは、大公様。本日はお時間を取って頂き、ありがとうございます。以前にもご紹介した事がございますが、こちらが私の父ギジェルモでございます」
父さんが若干慌てた様に一歩前に進み出て、軽く頭を下げた。
「いつも家の娘がお世話になっております。また、フローリストガーデン 光には多大なるご尽力を頂き、誠にありがとうございます」
父さんが大公様に対面したのは今回で5回目くらいだ。
その都度感謝の意を述べているのだが、内3回はウチの店で大公様がお食事をされた時なので、短いやり取りに留まっている。
「よいよい。その様に固くならずとも、そちらのソファに座っておくれ。で、アウレリアの手紙では11月の王家の晩餐会をお前の店で取り仕切る事になったとのことだが?」
「はい、大公様。今日は、その試食をお持ちしました。メニューとしてそれで良いのか、そして味や飾り付けなどの見栄えも合わせてご意見頂けたら嬉しいです」
父さんが家で練習して来た口上を淀みなく言い切った。
「あい、分かった。今夜、その試食とやらを頂こう。で、まずはメニュー表を見せてくれ」
父さんの手で私が書いたメニュー表が渡された。
大公様はその紙をじっと見て「ふむ」と一言こぼした後は、顎を触りながら考えている様で、しばらくすると「メニューを見ているだけではどんな料理なのか想像もつかぬ物もあるな。早速、ダイニングの方で一緒に試食するとするか」と、席を立ってダイニングの方へ歩き始められた。
父さんと私もすぐに大公様の斜め後ろに控える形で付いて行く。
先ほど渡した試食がトレイに載せてスタンバイされている。
ダンテスさんの指示で大公様がお誕生席、その両脇の席に私達二人が座った。
最初にメイドさんが食前酒を配ってくれた。
もちろん私はジュースだよ。
父さんも酔うわけにはいかないと同じくジュースで、試食が始まる前からカッチカチになってる。
あれでは何を食べても味がしないだろうけど、今朝ウチの店で同じ物を試食しているから問題ないよね?
「では、皿の説明を頼む」と大公様が私に言われたので、「最初の一品は『薔薇の花の皿』です」と言い終わった時に、各人の前にメイドが皿を置いた。
「ほほう、これは見栄えが良いな。何と何で出来た薔薇だろうか。あ、言うなよ。当てて見せるぞ」と大公様は楽しそうだ。
まずサーモンを少量口に入れ、香りや味、舌触りを確かめている様だ。
「うむ。魚だと言う事は分かる。それも生ではないが、限りなく生に近い。うむ、上手い。これは色からしてサーモンか?」
「御明察にございます。香の良い木を使って燻製にしたものでございます」
「おお、お前が以前に贈ってよこしたベーコンとかスモークチーズとかと同じ系統か」
「左様でございます」
今度はローストビーフを口に入れらた。
「肉なのに冷めても美味しい。これは半分生なのか?」
「はい。豚肉は中までちゃんと火を通さないとお腹を壊してしまいますが、牛肉は大丈夫なのです。外側にサッと火を通す事で味を付け、旨味を閉じ込め、出来る限り薄く切った物でございます」
「うむ、これも上手いな。しかし、儂が答える前に答えを言うなよ」とカカカと笑われた。
薄焼き卵は一発で当てられた。
「これはローストビーフとやらとこの卵を一緒に口に入れても美味しいな」
「はい」
「ん?この黒いのはソースか?ソースで皿に絵を描いたのか」
「左様にございます。料理の上から黒いソースを掛けてしまっては、折角の薔薇の色が損なわれてしまいますので、この様に皿に絵として提供させて頂きました」
「うむ。見た目も良いし、味も良い。言う事なしじゃ」
「次は、トマトのカプレーゼでございます。フレッシュなチーズと交互に並べる事で色見も良くなりますし、味も深みが出ます」
「うむ。肉と魚を食べた後なので、口がさっぱりするな」
メイドがスープ皿を銘々の前に並べた。
「ん?ジャガイモのスープかと思ったら全然違う味だな。これは何のポタージュだ?」
「キノコでございます。5種類のキノコをポタージュ仕立てに致しました」
「うむ、深い味だ。野菜のスープも良いが、これは気に入った」
「ありがとうございます」
大公様がこのポタージュの素材をクイズとされなかったのは、恐らく何を使って作られたか全く想像がつかなかったんだと思う。ふふふ。
「こちらは『メダリオンステーキ』でございます」
早速一口分をナイフで切って口に入れた大公様が「これは豚肉だな」と満足気に言われた。
「はい。豚肉をベーコンで巻いた物をオーブンで蒸し焼きし、柔らかく仕上げた物にマスタードソースが掛けてあります。付け合わせはジャガイモと人参のグラッセです」
肉だけを食べて頷き、今度はフォークでマスタードソースだけを口に入れ、これまた驚いた顔をした。
最後に切り分けた一口大の肉をソースに絡めて食べ、「うん、絶品じゃ」とおっしゃった。
「この料理もアウレリア、お前が考えたんじゃな?」
「はい」
「この様な大人の味をよくもその様な子供の舌で作りだせたものよ。これもスキル故か・・・・。これは旨いが、量が足りん。お上品に飾り付けた皿となっていて見た目も良いが、肉はもう少し増やした方がよいぞ」
「はい。ご指摘、ありがとうございます」
メイドが今度はデザートと紅茶を並べた。
「チーズケーキでございます。以前、大公様にお召し上がりいただいた物はオーブンで焼いた物ですが、こちらはレアチーズケーキと申しましてチーズの部分はオーブンで焼いておりません」
「ほう。オーブンで焼いた物もおいしかったが、これはこれで上手いな。しかも舌触りが滑らかだ。飾り付けも美しいな」
生クリームとフルーツで飾り立てられたチーズケーキはとても美しい。
結局、大公様はメインの肉の量を増やすだけで、後は全部良いと感想を下さいました。
それと城の調理場へ私も入って調理できる様にしてくれるとのこと。
ありがたや~。




