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「父さん、これが私の考えた献立」と、授業中、授業そっちのけで書き出した献立表を金曜の夕方、店に戻るなり手渡した。
「すまないな」
「ううん。でも、王宮でケータリングってすごく名誉な事だね」
「ケータリング?」
「うん、出張料理サービスの事だよ~」
「へぇぇ。お前は物知りだな」と、父さんは私の頭を撫でてくれた。
大丈夫、今回は手に砂は付いてなかったよ。
「父さんも知っていると思うけど、来週末あたり大公様の所へ行ってくるね。当日私も父さんたちと一緒に登城できる様にしないといけないし、下手したら数日前からこっちに戻っていないといけないので、学園への申請は父さんたちにお願いするかも」
「うん。そういう親でないと出来ない事は、私たちに任せなさい」
「取り敢えず、明日、この献立を数人分作ってみるよ。で、何回か試行錯誤してコレ!ってなったら試食を大公様にも召し上がってもらって感想とかアドバイスを貰いたいと思っているの」
「ああ、それは良い案だね。王宮を良く知っている人からのアドバイスは貴重だしね。その時は私もお前に同行するよ。折に触れて大公様へは挨拶に行っているが、お前と一緒っていうのはこの店を開く時ぐらいだったからね。また一緒にご挨拶を兼ねて行こう」
「うん。ありがとう、父さん」
「違うよ、アウレリア。ありがとうは父さんたちの方だよ。今はこうやって親子4人で自分たちの家に住めるのはお前と大公様のお陰さ。本当にありがとうな」
今夜は店の調理場でお手伝いはせずに、3階の私たち親子の台所で晩餐会の試作を繰り返した。
夜も遅い時間になると子供ボディがお眠を主張するので、試食は少しだけにしてその晩は1人でベッドへ入った。
「アウレリア、起きなさい~♪」
母さんが部屋に入って来て、カーテンをシャーと音を立てて開けた。
「うっ、眩しい!」
「アウレリア、今日は伯父さん達に試食してもらうんでしょう?店の準備の前に作らないと、伯父さんたちも忙しくなるから、アウレリアの調理そのものを見てもらえなくなるよ」
「・・・・う~ん・・・・は~い」
無意識のうちに大きくなった母さんのお腹を撫でて、もっさりもっさりとしか動かない体でなんとかダイニングテーブルにつくと、母さんがホットミルクとビスケット、ウサギりんごを出してくれた。
「これでも食べてシャキっとしなさい」
「ヨーグルトも食べたい」
「はいはい。今持って来てあげるから、早く食べてしまいなさい」
ビスケットはバターが薄っすら塗ってある。
お行儀悪いけどホットミルクにちょっと浸けると少しだけふやけて食べやすくなるし、ミルクを飲む時にコクがある様に感じるんだよね。
お貴族様の屋敷ではこんな食べ方許されないだろうけど、ここは建物は貴族の館だけど、中に住んでいるのは平民ばかりなので気軽なモノだ。
気にせずお行儀の悪い食べ方で朝食を済ませた。
この国の一般的な朝食は、パンか乾パンの様なあまり味のしないビスケットと飲み物だけだ。
ビスケットにバターを塗るのは塩味を付けるためでもある。
こういう質素な朝食は貴族の家でも珍しくないらしい。
所謂、地球の順然たるコンチネンタルな朝食って感じなんだよね。
家みたいにバターがあったり、フルーツが付いていたり、ヨーグルトが付く事は珍しいのだ。
この国のヨーグルトは山羊の乳が固まった臭いも味も特徴的なもので、私は苦手だ。
ちなみに家のヨーグルトは私のスキルで呼び出したプレーンヨーグルトを種にして、牛乳で仕込んでいる自家製なので臭いも味もそこまで酷くない。
「アウレリア~、早く降りておいでぇ。みんな待ってるぞ」
とうとう父さんが下から声を掛けて来た。
パパっと食べ終えて、顔を洗ったら、飛ぶ様にレストランの調理場まで降りた。
朝早いにも関わらず、ザ・伯父さんズ、もちろん伯母さんも居た。
「アウレリア、王宮の晩餐会のメニューを考えてくれたんだって?それにしても王宮から声が掛かるって、ウチの店って本当にすごいんだねぇ。今更ながら実感したよ」
マルタ伯母さんがにっこり笑ってハグしてくれた。
伯母さんのコメントに伯父さんたちも共感しているのか、無言で頷いているよ。
「うん。それじゃあ、これから試作品を作るので、伯父さんたちも一緒にどうやって作るのか見てくれますか?」
「おう。その為にみんな集まってるから安心して作ってくれていいぞ」
スティーブ伯父さんは早く作れとばかりにソワソワしている。
「は~い」
この試作中、手順とかを口頭で説明しつつ実演して見せるのだが、実際に伯父さんたちだけで作れるかどうかの確認も兼ねているのだ。
別の日にゆっくり練習してもらう心算ではあるけど、まぁ今の所、自分たちで作るのが難しそうかどうかの感触を掴んで欲しいのだ。
王城の方へは大公様を通して私も行ける様にする心算ではあるけれど、ウチの事情を知らない城側の人たちは幼女の作った料理を王様たちに出すなんて論外だと思うだろう。
となれば、実際に調理するのは2人の伯父さんとマルタ伯母さんになる。
「スモークサーモンの作り方は分かったけど、ウチの調理器具なしでこんなに薄く切れるかな?」
トム伯父さんはちょっと不安そうだ。
ウチには私が作った業務用レベルのスライサーがあるものね。
ハムとかベーコンとか切ってる奴の事だね。
「多少分厚くても問題無いし、1枚づつの太さが多少違っていても大きな問題にはならないと思います」
「ああ、最終的にそんな風に巻くんなら大きさの不揃いさは誤魔化せるな」
「ねぇ、アウレリア、ポタージュは何でもいいの?」
「はい、マルタ伯母さん。いつもお店で作ってるのと同じでOKです。何なら2色のポタージュでもいいですが、機械なしで手で皿に注がないといけないので、1色の方が失敗が少ないと思います」
「そうだねぇ。人数も多いしね、1色にしようかね」
いつもスープを担当しているのはマルタ伯母さんなので、その辺は伯母さんの裁量で決めてもらおう。
そんなこんなで昼営業の準備よりかなり早い時間に全部の試作品を作り終わった。
ここから試食だ。
ただ今日の試食は家の両親と調理場担当の3人の伯父、伯母だけだ。
サブリナたちや従業員は地下の居間で別途賄いを食べる事になっている。
そして、彼らの賄いを作るのはナスカなのだ。
今までも賄い作りを手伝ってはくれていたけど、今日はナスカ一人で作る賄いデビューなのだ。
さっきから、この同じ調理場でナスカがアタフタしながらいろんな料理を作ってたんだよね。
美味しいのが出来るといいね。
ナスカはいつも全力で働いてくれるから、ついつい応援したくなっちゃうんだよね。
最近では随分お菓子作りが板について来たらしい。
パティシエデビューも秒読みかも?
「これは、美味しいね」
「3色の薔薇は綺麗だな。こうやって皿にソースで絵を描くとグンと上等に見えるな」
スプーンの裏を使ってソースをお洒落に仕上げてみたのだ。
「あんたぁ、感心してるだけじゃなくて、当日は私たちが皿に絵を描く事になるんだよ」
「あ、そうか」
トムおじさんところはいつも賑やかだ。
サブリナたちがいなくても、この夫婦だけでいつも漫才をしている様なもんだね。
場が明るくなるから、私は好きだよ。




