フローリストパークのその後
私はトーマス。
フローリストガーデン光の後追い店として建てられたフローリストパークの雇われ店長だ。
「まだ、売上げがフローリストガーデンに追いついていないぞ!」
大公様にボッコボコにされたハズの侯爵様は未だにフローリストガーデンを負かしたいと思っているらしく、2~3週間に1度の頻度で私を呼び出すのだ。
「やはり・・・・料理の完成度が違いますし・・・・」
「何!?ウチの料理が不味いと言うのかっ?」
「いえ、そうではなく、あちらの料理の完成度がおかしなくらい高いんです」
「じゃあ、同じ料理をウチでも出せばいいじゃないかっ」
「いえ、今までに無い料理ばかりですので、ウチの料理長では再現すら難しいのです。恐らく新しい調味料なんかを使っているんじゃないかと料理長が言っていました」
「じゃあ、それを入手すればいいじゃないか」
「それが・・・・どこを探しても売ってないんです」
「何?売ってないだと?」
「・・・・はい・・・・」
侯爵の顔は憤怒で真っ赤だ。
「じゃあ、その新しい調味料さえ手に入れば、ウチはフローリストガーデンを追い抜く事ができるんだなっ?」
「あ、いえ・・・・」
「なんだ。物を言いたいならはっきり言え!」
「は・はいっ。あのぉ、後2つウチでは足りない物がありまして・・・・」
侯爵様は目を三角にしてこちらを睨んで来た。
「足りない物があるならこっちでも用意すればいいじゃないか」
「あ、いえ・・・・温室と制服なんです」
「温室?制服ぅ?」
「はい。温室があれば、冬でも花を愛でられるし、夏の制服は冬の制服とは全然違うテイストの服を打ち出して来られて、冬服を参考に夏服を作ったウチやら他の類似店は、お洒落じゃないという認識でして・・・・」
「フローリストガーデンの制服をパクっただけでお茶を濁そうとしたお前の落ち度だろう」
この人は何を言ってるんだ?
夏服を作る前にちゃんと相談しただろう?
その時、あっちの店の冬服を参考に作れと言ったのは侯爵様じゃないかっ。
心の中でだけ、そんな風に毒づいてみても、現実は何も変わらない。
こうやって侯爵様にじっとりねっとりと油を搾り取られるだけなのだ。
「もちろんっ!すぐにあちらの夏服を参考に新しい制服を作り直しましたが、1か月近くの差がついてしまって、二番煎じとお客様からは嘲笑されまして・・・・」
「今度からはウチ独自の制服を考えろっ!」
え?制服なんて一度作ってしまえば数年はその制服を着るものなんだが・・・・。
「それはそうとして、温室なんですが、何とかなりませんかね?」
いつも叱られるだけじゃなくって、こちらからの要求も言わせてもらわなくてはね。
「温室かぁ・・・・」
侯爵様は一度ウチの庭に温室を作ろうとして、実際工事まで始める所だったんだ。
でも、ガラスの生成技術が足りず、フローリストガーデンの大きな歪みのないガラスは作れず、瓶底くらいの丸いガラスを金属で繋ぎ合わせた代物になった。
金属部分が多くなれば、それだけ日差しが入ってくる部分も減るので、薄暗い建物になりそうだった。
金もかかるし、工期も半端なくかかると大工に言われ、泣く泣く諦めたのを私は知っている。
「あそこはどうやってあんな綺麗なガラスを入手しているのだろうか?」
侯爵様も独り言が零れる程度には、あちらとこちらの技術力の差に頭を悩ませているらしい。
「侯爵様、最近、貴族の間で、あの温室を借り切って結婚式の披露宴をするのが流行ったりしています。ウチでも温室か、それに近い何かがあれば、貴族の結婚式を招致する事ができるんじゃないかと思っています」
これまで貴族の結婚式は教会で挙げ、その後新郎たちの新居で披露宴をするのが主流だったのだが、花嫁たちが着飾った自分の姿をより多くの人に見てもらいたいらしく、通常営業をしているフローリストガーデン本館ではなく、温室の方で披露宴をし、新婦だけが着る事を許されている薄オレンジ色のドレスを着て、庭をそぞろ歩くというのが流行っているのだ。
本館のお客たちの目に触れさせ、自分の晴れ姿について社交界で持て囃してもらいたいというのが彼女たちの本音だ。
それと後は、流行の発信地でもある『フローリストガーデン 光』を貸し切る財力がある証明にもなるし、あそこの洒落た料理を理解できる通人だという事をひけらかしたいんだと思う。
どっちにしてもあそこはスイーツも普通の菓子屋よりも豊富に用意しているみたいだし、お持ち帰りの動物型クッキーも大評判だし、どうやって対抗すればいいんだ???
「温室は・・・・出来ん!施設ではなくサービスで向こうを凌駕しなさい!」
ああああ!高位貴族って良いよな。
何にも考えず、下々の者にただ命令するだけだからな。
ふぅ、他に独立の目処が立てば、こんな所は早く辞めたい。
はぁ~。




