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「この3年成績中位、通称3年Bチームはコート内のメンバーが横一列ではなく二列で対抗していますね。こういった布陣は変則的と言えるのではないでしょうか、フント先生」
「うん、そうですね。体格が良い選手が前列で比較的華奢な女子選手が後列というのは恐らくですが、敵チームの選手が全員4年生男子ということもあり、重く早い玉を投げるので女子では受け止めきれないと思っての事だと思います」
風魔法のフント先生の普段の口調と違い、如何にも解説と言った口調になってるのが面白い。
相方のヘルマン様の口調に合わせているのかな?
「前列の男子でボールをキャッチという作戦ですね」
「ただドッジボールは敵が投げて来たボールを必ずしもキャッチしなくても良いので、重いボールであっても素早く避ける事ができたら女子も対等にゲームを進める事は出来ると思います」
「なる程!でも、如何に女子が早く動いたとしても、2列になっている事で自分のチームの男子の体で見えないボールが出てくる可能性はどうでしょう?」
「そういう事も考えられますね」
「4年生男子チームのゼッケン3番の人は、ボールをキャッチしてから投げるまでが淀みのない動作でほぼタイムラグがないですね。こういう選手がいると、チームとしてはゲームを進めやすいのではないでしょうか。反対に3年Bチームにとっては避けるのが難しいので要注意ですね。」
「はい。しかし、3年Bチームの男子はみんなディフェンス力が高く、今のところほとんどのボールをキャッチしていますので、3年側の作戦も十分機能していると言えるんじゃないでしょうか」
ほぉぉぉ。急遽頼んだ解説だけど、フント先生もヘルマン様もマイクパフォーマンスが上手いなぁ。
まぁ、部室でいろいろと紹介した勝ちパターンをちゃんと覚えてくれてるってことだよね。
解説を頼む事になった後、フント先生には急遽ルールや戦法なんかを私が説明しなくちゃいけなくて、いろいろ書き留めた物も渡した上で短めの説明をした。
あの時間も無駄ではなかったってことだね。
後、絶対やっておかないといけない闇王案件が一つ。
闇王様を探してあっちこっちへ行った甲斐があって、校医が控えてるテントの近くで見つけたよ。
これは家の勇者を守るためだから、絶対闇王にしてもらわないといけない。
理由も説明して、闇王様とパパっと打合せを済ませる。
何かあったらいけないので、またまた放送席の方へ走って戻る。
まぁ、あの二人の解説はかなり上手だから、私が後ろに控えておく必要はないかもしれないけど、一応ね。何かあったらいけないものね。
「おっとー!ゼッケン2の3年生女子がボールを除け損ねて転んでしまった」
審判のホイッスルが鳴り、試合が一時中断。
医者が必要かどうかの確認のためだ。
そこへ我らが闇王様が颯爽とコートの中まで行き、王子様の如く転んでいる女子生徒に手を差し伸べた。
「「「「「ギャーーーーー!!!!」」」」
観覧エリアから女子生徒の黄色い声が上がり、耳が痛い。
転んだ女子生徒は真っ赤になりながも闇王様の差し出された手を握った。
再び「「「「「ギャーーーーー!!!!」」」」という黄色い声。
闇王様が彼女に何か聞くと、女子生徒はお淑やかに頷いた。
彼女の肩を抱く様に校医が控えているテントまで丁重にエスコートする闇王様を見つめる全女子生徒。
放送席からはとても離れた所からなのに、女子生徒たちの悲鳴で耳鳴りが止まらない。凄い声量だ。
そう、先ほど私が闇王様と打ち合わせたのは、誰か怪我人が出た時は闇王様が優しくエスコートをするということだった。
だって、メグの時に周りが色めきだってたし、あのままだと同じクラブの部員だからでは通らず、全校レベルでのいじめが始まってしまうと思ったからね。
準優勝戦からは一つ一つの試合を全校生徒で見守るから、闇王様が何かすると全校生徒に認識してもらえるしね。
「何でオレが知らない女をエスコートしなくちゃいけないんだ?」
「メグがいじめられない様にです」
「何を言ってるんだ。同じクラブのメンバーが突き指したんだぞ。医者に連れて行くのは当たり前だろう?」
「そうですね。ただ、あなたのファンは大勢います。その殆どが貴族です。平民の彼女がどんな扱いを受けるか想像できませんか?」
「そんなのオレが守る」
「はい。守って頂かなければ困ります。だから守るために、もし、他の女生徒が今日の試合で負傷したら丁寧に校医の所までエスコートして下さい。それがメグを守るということです」と強く言い募ったら、ようやく闇王様が承知してくれた。
しかし役者だねぇ~。
さっきの打ち合わせの時は知らない女のエスコートなんてって息巻いていたのに、実際に負傷者が出たら御伽噺の王子様か、乙女ゲームの攻略対象かの様なスマートな対応で女生徒たちの心を鷲掴みですか。
俺様闇王のくせにね。ぷぷぷぷぷ。
まぁ、これでメグがいじめられないのなら万々歳だわ。
試合は3年の突き指をした女子生徒の代わりに一人補欠が入り試合が再開した。
「おっとぉ~。ゼッケン5番、ボールを弾いたかぁ」
「「「あああああ」」」
周囲から残念という気持ちの入った呻きが零れたが、ゼッケン5番は半分寝っ転がりながらもまず足の甲でボールを軽く弾き、両手を伸ばして掴もうとして、指先にボールがあたって軌道が逸れた。
そのファインプレーと、再びだめだったかという感情の籠った「「「あああ」」」という声が広がったが、ゼッケン5番はごろりと地面を一回転して何とか両手でボールを掴み取った!
「おおおおおお!跳ね上がったボールを足や手を使って何とか掴んだぁぁぁ!4年男子チームゼッケン5番、ドッジボールの申し子かぁぁぁ」
段々と解説の2人の口調も盛り上がり、観客もコートの中の動きに一喜一憂し、会場のみんなが一つになった様な感じだ。
4年男子のゼッケン5番は何とか掴んだボールを持ったまま起き上がり、3年チームの外側にいる味方に素早いパスをした。
ゼッケン5番の動きに見とれていた3年チームの男子が、ボールの動きに合わせられなくて、思いっきり強く投げられたボールを取り落としそうになったが、胸元で一回弾いたボールを何とか掴み取った。
3年や4年になると10歳とか12歳がいるので、体も大きく力の強い選手もいる。
でも、体が大きければ強いボールを投げれると同時に大きな的にも成りえる。
セオリーは足首辺りに素早いボールを投げつける事なのだが、まだその奥義に到達している選手は少なかった。
なのに、フント先生とヘルマン様が「ドッジボールで強い選手ってどんな選手でしょう?」「強くて速いボールを投げる事が出来る事、ぶつけられてもちゃんとボールをキャッチ出来る事、比較的避けられない所へ投げる事ですかねぇ」「比較的避けられない所ってどこのことですか?」「足首とかでしょうかね」なんて解説をしちゃったので、拡声器を通して選手にもこの情報が行き渡ってしまった。
急遽、どちらのチームも相手選手の足元を狙って投げ始めた。
「みなさん、僕たちの解説をちゃんと聞きながら試合されているんですね」と、ヘルマン様が言うと、「新しい競技ですからねぇ。ヒントとかあるとどうしても気になりますよね」とフント先生が纏める。
この二人、意外と息が合ってるかも?