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ハビット先輩の説明は流れる様に続き、魔法陣という新しい技術に触れた私たち新入部員の熱もいよいよ高まって来た。
「で、この魔法陣なんだけどね、作り方に法則があって、僕はこれから君たちにそれを教えようと思うんだけど、自分の持ってる属性魔法が得意とする魔法陣ってあるんだよ。例えば加熱を表すこの部分」とハビット先輩は魔法陣の一部を指さした。
「火属性を持っている者ならば、消費魔力が少なくて済むんだ。で、こっち」とまた同じ魔法陣内の別の部分を指さして「水溶液に関係する部分だけど、水属性を持ってたら消費魔力が少なくて済む。でも、さっきの加熱の部分の方が多くのスペースを取ってるこの魔法陣は、火属性の錬金術師の方がより魔力を抑える事ができるんだ」
新入部員全員が魔法陣を食い入る様に見ている。
「残念ながら魔法スキルを持っていない錬金術師はこの機械に魔力を通す事はできない。が、魔法陣の意味が分かれば魔術系の錬金術師と一緒に仕事する時に色々と理解が早くなるし、自分の思った様な魔法陣を作って魔力だけ魔術系の人に頼むってこともできる。だから、魔法陣については全員に教えたいと思ってる。それでいいかい?」と、ハビット先輩は今年の新入部員の中に魔法スキル持ちでない者がいるのを知っている様だ。
「はい。よろしくお願いします」
ランビットも魔法陣を習うのにやる気満々で、人一倍大きな声で返事をしていた。
いよいよ本格的な錬金術を学べそうで、みんなワクワクを隠す事が出来ない。
素材作りに関しては入部直後から鉄やその他の金属を何度か錬金窯で溶かし、インゴットの形にしていた。
クラブ活動が毎日あればもっといろんな事を学べていたんだろうけど、まだ入部して4週目、しかも活動のない日にクラブに出ても先輩たちに教えてもらうのではなく、先輩たちの作業を見せてもらうだけなので、実際には何をしているのか分からないまま見学している事が多かったのだ。
だから魔法陣について教えてもらえるというのは、錬金術のひよこ達にとって大きな1歩なのだ。
そりゃぁ、テンションも上がるってもんです。
「この魔法陣は鉄をこの大きさの歯車に加工するモノだ」
ハビット先輩が一つの魔法陣をみんなに見える様に高く持ち上げた。
「で、みんなも今まで見た事があると思うけど、こちらの箱に素材のインゴットを入れ、こちらの箱にこの魔法陣を入れる。魔法陣の羊皮紙の大きさは決まっていないが、良く使われる大きさっていうのがあるので、この大きさの箱が魔法陣用の箱であるというのは錬金術師であれば見誤る事はない。まぁ通常、インゴットや素材を入れる箱の方が大きいので、小さい方の箱に魔法陣を入れておけば大抵間違いない事も合わせて覚えておいてくれ。まぁ、魔法陣を入れる箱はその他にも特徴があるから、それについては後で説明するよ」
ハビット先輩は鉄のインゴットと魔法陣をそれぞれの箱に入れ、その箱を繋いである装置の真ん中に鎮座しているガラスの様な部分に両手を乗せた。
「今からここに魔力を込めるぞ」
そう言うと、すぐに魔法陣のラインの一部が輝き始め、その輝く部分が徐々に増えていき、最後には魔法陣のライン全部が光ったと同時に、反対側の箱の中のインゴットが歯車になっていた。
「「「おおおお!」」」
「これが魔術系の錬金術だ。もちろん鍛冶師なんかにこの工程を任せても良いし、機械系錬金術師は旋盤とか錬金術で作り出された機械で手加工をする事もできる。でも、魔法陣を使うと全く同じ大きさ形の部品を一瞬で作る事が可能なんだ。では、今の魔法陣をみんなに作ってもらいたいので説明をするぞ。このラインのここからここまでが加熱、ここが成形。成形の陣の中に厚みやら大きさ、数、形を記す様になっているんだ。ここが厚み、ここが大きさと数、で、形の部分が魔法陣のほぼ全部を占めているのが分かるか?」
「「「はい」」」
「作りたい物の形をちゃんと記さないと思った様な部品はできないんだ。今回は歯車という同じ形を繰り返して円にする物だったので設計図を必要としない分、形を細かく記さないといけない。だから魔法陣が大きくなっているが、もっと複雑な部品を作る場合は設計図と言われる物が必要になる。設計図はここ」と言って、魔法陣を入れる箱を持ち上げてその下の箱を指さした。
つまり魔法陣を入れる箱は一見すれば分からないが、二重になっていたのだ。
「ここに入れて、魔法陣の入った箱をその上に置き、さっきと同じ工程を行うんだ。さっきのどっちの箱が魔法陣用かの見分け方だけど、二重になってる方が魔法陣用だという見分け方もあるんだ。ただ大きな工房なんかだと設計図を使える機械とそうでない機械を用意し、作業の効率化を図っている所もあるので、必ずしもすべての機械が二重箱になっているとは限らないので気を付けて。よし!じゃあ、魔法陣の書き方を覚えよう。この魔法陣を写してくれ」と、見本の魔法陣とまっさらな羊皮紙を手渡された。
「絶対に最初の練習では失敗する。羊皮紙もタダじゃないので、片面が真っ黒になるくらいまでその羊皮紙で練習してくれ。まず線が滲んだり曲がったりしない様に描ける様にならないとただ単に形を真似ても錬金術は発動しないぞ」と天使の顔に悪い笑みが浮かんだ。
実際、練習を始めてすぐに新入生の口々から阿鼻叫喚の声が漏れた。
まず羽ペンで円を綺麗に描くのが難しい。
私はコンパスの要領で羽ペンに糸を結び、反対側は針に結び付け円を描いてみたが、ボールペンではなく羽ペンなのでスラっと円が描けないのだ。
円の部分によってペンの向きを変えないと同じ太さの線にはならなかったのだ。
最初は「おっ!それは良い案だ」と私の真似をしていたフェリーペたちだけど、すぐにこれはダメだと判断したのか、自分の手で円を描き始めた。
まっすぐの線にしても曲線にしても、もたもた描いていたら線に滲みが出てしまうので、思いっきり良くスパっと線を引かないといけないのに、スパっと描くと慣れていないので思ってもみないところにペンが走ってしまうのだ。
魔法陣に関しては錬金術工房である実家で修行を積んでいるのかボブがスラスラと描いていて、みんなから羨望の眼差しを向けられていた。
その日から冬休みまでの間、新入部員が部室で毎日の様に羊皮紙に線を書き込む姿が見られた。