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「うぉぉ!綺麗な庭だぁ。アレは何?」
フェリーペは池に架けられた橋を走って渡っている。
そう、ウチの温室に興味津々の様だ。
今日は前に頼まれていたウチの店でのおよばれ会である。
もちろん昼も夜も予約でいっぱいだけれど、大公様用の予備席を割り当ててもらった。
もし、大公様や精鋭の誰かが予約なしで来られた場合は、3階の家族の居住空間にある居間へ移動すれば良いだけなので、問題はないはず。
庭や施設をゆっくりと堪能できる様に、このお茶と夕食の間のアイドルタイムで店の見学をしてもらう事にした。
「温室って言うの」
「へぇ~。この中は暖かいね」
「うん。ここは一年中暖かいので、この前のバナナなんかを育てられるの」
「おおお!バナナ!」
「バナナはあっちの温室で育ててるんだけど、あっちは父さんしか入れないの」
「どうして?」
疑問を持ったのはフェリーペだけじゃなくってメグとかボブもらしい。
二人とも咄嗟に温室に向けていた視線を私の方に振った。
「バナナみたいに家の温室でしか育てられない植物も多くて、何を育てているのか知られたくないのと、あると分かったら寄こせって高位のお貴族様から無茶なお願いとかされても困るしね・・・・」
「「「なるぅ~」」」
「だから、みんなもごめんね。そういう事であっちの温室は入れてあげられないの」
流石、友達だ。「そんなの当たり前の事だよ。謝らないで」と、みんなすぐに理解してくれ了承してくれた。
「折角だからここで遅いお茶にしましょう!」と、客用温室のテーブルで、前もって用意してあった複雑なカービングが施されたカットフルーツを食べる事にした。
みんなに出すのは、一般客用の簡単なカービングではなく私の力作なのだ。
「もう夕食まで時間があんまりないから少ない量にしたの。夕食でケーキとか焼き菓子を食べられるから今はフルーツね。まぁ、まずはここに座って」と温室の端っこの席を指さした。
「こうやって暖かいところで花を見ながらお食事できるのって素敵ね~」とメグが言えば、「ガラスがこんなにいっぱいの建物って初めて見たよ。すごいなぁ」とフェリーペも負けじと温室の感想を言った。
「ん?なんか水の音がしない?」とボブが座ったまま頭だけ左右に向けた。
最近、温室の中に追加した小さな噴水が出す音なのだ。
電気という動力のないこの世界、噴水もまだ登場していない。
でも、私、思い出したんだよね。地球の『ヘロンの噴水』を。
小学生向けの『科学を体験しよう』というぜん〇ろう先生とか、素人の方々がアップした動画を見まくった時期があったんだけど、その中に電気を使わない噴水っていうのがあって、ヨーロッパを旅行した時に見た電気のない時代に作られた噴水ってこうやって作られてたんだってすんごく感心した事があったので、未だに朧気だけど仕組みを思い出す事が出来たんだよね。
で、小さい噴水を作ってみたのよ。
高さ1mくらいなので温室に置いても邪魔にならないしね。
父さんに頼んで陶器屋さんにこちらが指定した大きさの受け皿やフラスコ、管を作ってもらった。
ぴったりのサイズなんてこの世界では作るのは難しかったらしいけど、何度も焼き直しをしてもらったり、受け皿と管は最初から一体化して作り直してもらったりと試行錯誤を繰り返してもらいなんとかしたのだ。
全てを地上に備え付けるため、噴水が出るところとその受け皿以外は石や羊歯なんかで覆ってもらって外からは見えない様にしてもらった。
繋ぎとなる部分に嵌めてあるコルクの様な物も、地中ではなく地上に設置してあるので腐食が進むといった事もなく、今の所問題なく動いている。
「ここかぁ」と音の発生源を突き止めたボブは席を立って噴水の方へ走り寄った。
「噴水って言うんだよ」
「へぇ~。ここから水が噴き出ているから水音がしていたんだ」とボブは興味津々。
ただ、こちらでは魔石という物があるので、動力が無いとは思いもしなかったらしく、水が勝手に流れている事自体を不思議には思ってない様だった。
「お前んところの工房で作るつもり?」というフェリーペの言葉に頷きながら、ボブは「どこの工房から買ったの?」と私に聞いて来た。
「それ、ウチで作ったの」
「「「え?」」」
「陶器の部分は外注して作ってもらったんだけど、仕組みそのものを考えたのはウチなの」
「お前ん家、錬金術もしてるのか?」という見当外れな質問がフェリーペの口から出て来たが、噴水を売るつもりで作ったのではなく、ウチの店に飾るためだけに作っただけだと言うと、「家の工房で作って売ってもいい?もちろん仕組みはそっちのだから、お父様に聞いてからになるけど、ちゃんとお金は払うから」とボブが私の両手をぎゅっと握って頼み込んで来た。
「ん~、分かった。その話はそっちの父さんとウチの父さんの間で話し合ってもらいましょう。後で、ウチの父さんには伝えておくね」と言うことで噴水については一旦横に置いておくことにした。
「さぁ、お茶にしましょう」と気を取り直して席まで戻ったら、サマンサがカートを押して来て、みんなにカットフルーツを配膳してくれた。
「うわぁ~。この模様素敵~」
メグは食べる前に繁々とフルーツに見入った。
「だね。どうやって模様を付けるの?」
普段無口なボブは模様そのものよりも、どうやって作ったのかという方に興味がある様で、ドンドン質問して来た。
そこでみんなでカービングをしようということになっちゃった。