ガストの思惑
不肖の娘が王都へ家出した。
ほどなくして王都のギジェルモから娘が尋ねて来たので、俺が迎えに行くまで預かっておくという手紙が来た。
ラーラには結婚話が持ち上がっていた。
2つ先の村のパン屋だ。
相手はラーラの2つ上なので丁度良いと親同士で決めた。
この世界では親が子供の結婚話を決めるのは当たり前の事だ。
いや、当たり前うんぬんの前に、結婚相手を見つけてやる甲斐性がある親ということで世間からも一目置かれる。
大きなパン屋じゃないが、ウチと同じ家業の店に娘が嫁げば何かの時に役に立つだろうと思ったからこの結婚話に乗ったのだ。
もちろん結婚は学校を卒業してからになるが、浮ついた家の娘にそろそろ大人になれという心算で結婚話がある事を教えた。
そしたら翌日、家出しやがった。
幸い、相手の家にはその事は隠しとおしたので、バレてはいないはずだ。
直ぐにも迎えに行こうかとも思ったし、店があるから俺ではなく『麦畑の誓』にでも依頼を出そうかと思ったが、その時ふと思い立った。
今、ギジェルモはあのなんとかという魔法スキルを持つ娘と王都でそれはそれは羽振りの良い食堂を始めたらしい。
娘はまだ学園には入学しておらず、店の方にかかりっきりになっているというのもマノロから聞いていたし、これは家の娘が上手くその食堂に入り込めばパイの製法が分かるかもしれないと思った。
だから、しばらく放置してから迎えに行ったのだ。
あの馬鹿娘は俺の顔を見るなり、「私は村へは帰んね」とぬかして部屋へ逃げ込んだ。
本当に馬鹿な娘だ。
これではここの食堂の話を聞けないではないか。
しかしここの食堂は一体どうなってんだ?
高価なガラスがふんだんに使われて、夜も照明が惜しげもなく使われていて、お客もお貴族様ばかりだ。
最初から俺は裏口の方へ連れていかれたが、娘のいる調理場からちょこっとだけ食堂の方が見えたんだ。
ワシ等が着ている様な服じゃなくってキラキラした石がいっぱいちりばめられた服を着た綺麗な女の人たちや、いろんなガラスのコップを持って立ち話している男たちがパリっとした服を着て楽団の奏でる曲に合わせて体を揺すっていたりしていた。
食事の盛られたテーブルもそこかしこに置かれてたけど、全部同じ模様のお皿に盛られていて、それはそれは豪勢な雰囲気だった。
レティシアが出て来て、何とか娘の部屋へ泊めてくれる様に手配してくれなかったら、俺はあそこで大きな口をあんぐりと開けたまま、朝まで立ってたかもしれん。
しかし、レティシアは相変わらず別嬪さんだな。
小さな時からあんな辺鄙な田舎には珍しい別嬪さんだったしな。
結婚して子供を産んだ今でもとっても綺麗だ。
王都のそこら辺のお貴族様の女よりも美人だ。
俺が口をポカーンと開けて見てたら、ギジェルモの視線が刺さって来たのは小さい頃から変わらないな。
村では誰もレティシアとギジェルモが結婚する事を疑わなかったくらい、小さな時から二人はひっつきもっつきでいつも一緒だった。
仕事を探しにギジェルモが王都へ出た時は、村の男連中は皆レティシアを狙って粉掛けてたな。
何を言おうこの俺も・・・・ゲフンゲフン。
しかしレティシアは一瞬も揺れる事なく、ギジェルモが迎えに来るのを待ってたな。
この二人の間には誰も入れないってみんな思ったもんさ。
漸く、娘の部屋へ入れてもらい夜通し話したが、この店ではパイは焼いてないと言われ、がっくり来たもんだ。折角、製法が分かると思ったんだがな。
綺麗な服はたくさん見る事が出来たが、皿洗いの仕事ではその服を買う事すら敵わない事を知った馬鹿娘は最後には一緒に田舎に帰る事に納得してくれた。
王都ではよくいる田舎者の一人だが、結婚してパン屋の女将さんになったら一角の村人になれるんだ。
この俺様の親心をありがたがれよ。
俺の若い頃は朝早くから営業するパン屋に嫁ぎたがる女がいなかったので、方言のキツイ別の村から嫁を貰うことにしたんだが、家のカミさんは男腹で有名な田舎村の女で、息子が絶対欲しい俺が是非にでもと言って下にも置かぬ扱いで嫁に来てもらった。
だから、俺が朝早く起きてもアイツは陽が登るまで起きてきやしねぇ。
そんなカミさんを幼い頃から見て来たラーラは自分が結婚したら早起きしなくて良いくらいに思ってるだろうな。
実際、結婚したらそんな甘い事は許されないと知るだろうがな。
今は、俺の大事なコマなんだから、早く村へ連れて帰って学校が終ったらとっとと嫁に出す事が大事だな。
俺はこれでも馬鹿娘の将来を案じているんだぞ。
お前には幸せになってもらいたいし、俺の役にも立ってもらいたいんだ。
さぁ、とっとと村へ帰ろうぜ。