グルーの仕事
フローリストガーデン 光、そこが俺たちの新しい職場だ。
冒険者をするには年を取ってしまったが、現役中でも特に目覚ましい活躍があったわけでもないので、引退後にどうやって糊口をしのごうかと悩んでいたのだ。
功績のある冒険者なら引退してもギルド職員という花道があるんだが、大半の冒険者は功績を上げる事など出来る訳がなく、俺たちもその他大勢の内の一人だということだ。
いや、見方を変えると、そんな年になるまで生き残っているだけで冒険者としてはそこそこ優秀とも言える。
そんな俺たちを雇ってくれた店長には感謝しかない。
もちろんこの仕事を紹介してくれたトマムにも。
今夜もここは客で溢れている。
二日に1度は夜も営業がある。
俺とマンマは門の内側に立って、お客の到着の度に予約客かどうかを確認して庭へ通したり、客の馬車の誘導が仕事だ。
まぁ、夜の営業の場合は貸し切りなので、招待客かどうかは貸し切った家の使用人の仕事となり、俺たちの仕事は馬車の誘導くらいだけどな。
「マルレ子爵様ですね。ようこそいらっしゃいました。この散歩道を真直ぐ行けば店舗がございます。時間までまだ少しございますので、お庭をご堪能下さい」
今夜の貸し切りの家の使用人が、マンマと客の会話を聞いて、招待客リストの中からマルレ子爵の名前を消している。
「ああ、何度も来ているから知っているよ。夜の庭もオツなモノだな。楽しませてもらうよ」
「いつもご愛顧ありがとうございます。どうぞごゆっくり」
マンマはこれまでも貴族の護衛であっちこっちへ行った事があるから、貴族への対応もまぁまぁ卒なく熟す。
時々マンマと一緒に護衛をしていた俺だが、基本お貴族様と話す事がなかったので、貴族の対応は無理だけどな。
「申し訳ございません。馬車止めはございませんので、お食事の終わり頃にまたこちらへお越しください」
結構流暢に話せてるだって?俺だって覚えさせられた定型文くらいは言えるよ。
まぁ、覚えた定型文はこれだけだけどな。
相手は馬車の御者なので、貴族相手ではないという気安さもあり問題はない。
でも、貴族相手にはちぃとばかし緊張してしまうので、慣れているマンマが担当してくれるのは非常に、非常に、非常に助かる。
重要な事なので3回言った。
夜は、庭のあっちこっちにあるガス灯が投げかける和らかな光が独特の雰囲気を醸し出して、その光に浮かび上がる木々がこんもりして見え、この世の中に自分たちしかいない様な感覚に陥る。
客もすぐに食事を始める者は少なく、花の香が漂う中、この雰囲気を楽しむため庭を散策する者が殆どだ。
あ、バーの灯りが点ったな。
黄色い灯りがぼんやりと大きな1枚ガラスの向こうから優し気な雰囲気を醸し出している。
そうこうする内に黄色い灯りだけでなく、緑の灯りも見えて来た。
あれはお嬢さんが言ってたネオンサインの灯りだろう。
いいなぁ。ウチのバーで出されるカクテルはマジで旨い。
特に甘いお酒は女性にウケが良いので、気のある女性を誘ってウチの食事の前に一杯なんていうのが貴族の間で流行っているらしい。
まぁ、俺でもここで高いカクテルと食事の代金を払う事ができれば、同じ事をやると思うぜ。
夜でなくても昼でもここで食事を振舞えれば、それだけの財力がある証になるし、流行の最先端の店に連れて行くということで、洗練された洒落者って思われるからな。女性を落とすのには持って来いだと思うぜ。
貴族だけでなく庶民の間でもウチの店は有名で名前を知らない人はいないから、いずれ好きな女が出来たら金を貯めてウチの店でごちそうしてみよう。
夜の食事の時は間接照明って言ったかな?ウチのお嬢様がそう言ってた気がする。
壁の上の方でほのかな灯りがともり、各テーブルの上には生花で飾られたローソク台がロマンチックな感じになる。
夜は立食形式なので、テーブルの数は少ないが、あれが普通に着席で食事ができたら、それこそ女を口説くのに良い手段になりそうだ。
バーの方は池の向こうだから門からも灯りがほのかに見えるが、レストランやウッドデッキの方は庭園の木々が邪魔をしてここからは見えないので、どうしても視線がバーの方に向いてしまうな。
さっき楽団の人たちが来ていたから、そろそろ演奏が始まるだろう。
夜の営業の時は時々貸し切り客が楽団を雇う。
俺たちは門のところに立って仕事をするが、音楽はしっかり聞こえてくる。
俺に高尚な趣味はないが、心地の良い音楽が聴けるのは嫌じゃない。
俺は知っているが、このレストランの両隣の家も時々自分の屋敷のバルコニーや庭に出て音楽を愛でているので、ウチの前の道に頻繁に馬車が停まって迷惑を掛けても文句を言って来たことはない。
それどころか、ウチの店長が両隣の家の人たちを1度店に無料で招待しているから、文句は言いづらいだろうな。
策士だな。ウチの店長。
まぁ、そんな策を弄しなくても大公様の息が掛かっている時点で誰も文句は言わないだろうがな。
無料で招待までされちゃあ、印象も良くなるってもんだ。
おっと、また新しい馬車が来た。
今夜はこの客で終わりだと思う。
最後の客が帰るまで、不審者が庭に入って来ない様にするのと、馬車が渋滞を引き起こさない様誘導するのが仕事だから、楽と言えば楽だ。
賄いも美味しいし、半地下と言っても綺麗な部屋を与えてもらえて俺は運が良い。
そして何よりマンマが貴族の対応を一手に引き受けてくれてるのが、何気に一番ありがてぇ。