おまけ あなたが守ってくださるでしょう?
「どこかで、お会いしたことはありませんか?」
そう尋ねられて、私は首を傾げた。
「さ」
「僕の奥さんに何か用か?」
答える前に夫が全力で庇いに来た。どこからきた。さっきまであっちで談笑してたはずだぞ。
「い、いや、誰かに似ている気がして」
「そういうのはよくある口説き文句だね。
イリス、大丈夫?」
しゃべるなという圧を感じた。
私は黙ってうなずいて、夫の後ろに隠れた。
これは後が大変だぞと思いながら。
王城での夜会で元夫に遭遇してしまった。
貴族の奥方になってしまったので、年に数回は夜会に出かけなければいけない。断れない部類なので仕方なしに参加していた。そのときに遠くから見かけることはあった。しかし、逃げ回っていたので、直接顔を合わせたのは本当に5年ぶりくらいだ。
ローストビーフが、いけないのだ。目の前で厚さを指定できるという特典付きで細々注文を付けているうちに近づかれたらしい。
「気をつけてよ」
ルーベンスは手際よく元夫を追っ払ってそう言う。元王族であるので、奴も強気には出られないようだ。なんか、ものすごく見られたので注意はしておこう。
「はぁい」
「なんでそんなに気が抜けてたわけ?」
「おいしいお肉が呼んでたの」
「家でも食べさせてるよね?」
「ソースが別格なのです」
はぁとこれ見よがしにため息をつかれた。
「レシピ聞いとくよ。ほんと、金も手間もかかる女だな、君は」
「ごめんね」
普通のご飯も好きだけど、スペシャルなご飯も好きなんだ。
王城の夜会レシピなんて材料からして違うだろうし、手間もかかる。
「僕ももらっておこうかな」
二人でローストビーフの載った皿を持ちながら部屋の隅にある席に座る。
薄切り一皿、厚切り一皿。
おいしそう。早速、一切れフォークで刺す。
「本当に大丈夫?」
「え? 食べれますよ」
「そっちじゃなくて」
ルーベンスは苛立っているようだった。直接的な接触はあれ以来初めてだからぴりついている。私のほうがびくつくならわかるんだけど。
「わかりませんよ」
あの頃より健康的になったし、性格も違うせいか顔つきも変わったといわれている。
名前も社交の場ではイリスで通している。経歴も詐称まみれで、原形すらとどめていない。
似ているが元妻と気がつくこともないだろう。
「もし、わかっても。あなたが守ってくださるでしょう?」
「後継者はちゃんと見繕っておくよ」
頼もしいと言うより物騒だ。
一度フォークを置く。
宥めるようにルーベンスの頭を撫でておこう。
「危ないと思ったら蹴り倒しておくんだよ?」
「投げ飛ばすかもしれません」
ひそひそ言って笑い合う。
こんな物騒な会話をしているとは思われないだろう。
「もう帰ろうか」
「ダメです。ローストビーフ様をお残しするなんて!」
甘い声で言われてもダメなもんはダメだ。
肉に負けたとちょっといじけられたけど、持ち帰りができないのだから仕方ない。夫はちゃんと家までやってくる。同居しているので。
そこで話が終わればよかったのだけど……。
「……なんか、見てる」
元夫、私が気になるのかちらちらとこちらを見ている。気を引きたがっている美女たちと比べれば平凡な私である。なんならお隣の夫のほうが美人である。キラキラしてる。
で、その夫は険しい表情で。今にも文句を言いに行きそうなほどにイラついている。
「爆食しているのが珍しいんですかね?」
ほらほら、珍獣だから珍しいから見られてるだけだって。と主張しても機嫌が悪そうな雰囲気は変わらず。
「食べさせて」
不機嫌の極みのようなルーベンスの要求。
ちらりとローストビーフの残りを確認してしまった。
「減るのでいやです」
「僕のから取りなよ」
「そうでしたね」
うっかりしてた。
「どうぞ」
いつも通り食べやすいサイズに切ってから差し出す。
これが部下からいちゃつくのはやめてくれませんかねぇと言われるくらいに甘ったるいらしい。元夫を撃退できないにしても見せつけてやることはできるだろう。
アイリスは、もう、素敵な夫がいるのだ。
おまえの出番は永劫来ない。
「悪い顔してる」
「あら、素が」
ルーベンスは呆れたように私からフォークをとりあげた。
「お返し」
そう言って楽し気に私の口にローストビーフを放り込む。
……うちの夫はとても、顔がいい。他の欠点を補って余りある美貌だっていうのに、私に激甘である。控えめに言って最高なのでは?
「ルーベンスと結婚出来て、私幸せですね」
一度目はひどかったが、二度目は間違っていなかった。うんうんと一人納得していたら。
「……帰る。もう、さ、僕を煽り倒してるって気がついてないところもすごいかわいい」
……はい?
ものすごい勢いで連れ帰られた。否を言う間もない。
なぜ、こうなったのか家に帰ってからわからせられたのは余談である。