おまけ 私の家はここです。
ルーベンス様には二人の妹がいらっしゃる。双子という設定、設定!? となったのはずいぶん前のことだ。どちらか一人が国王陛下の隠し子で引き取ってそう言う話にしたのだとか。公式文書も改ざん済みと聞き、公式文書って……と思ったりもした。まだ、法治国家ではないなぁと遠い目をする。
なお、どちらが隠し子でどちらがラント夫人の子かはわからない。知ったらまずい案件らしいので出来れば一生知らないままでいたい。どちらにしろ陛下のお子さんであるのは間違いがないのだし。
私はこの二人とわりと仲が良い。姉妹のようにとはいかないがお友達くらいには入れてもらえそうである。
だから予想外の雑談も飛んでくる。
「姉様、姉様って兄様の前で身悶えないの?」
素朴な質問が直撃した。
「で、計算の話だったわね」
スルーした。さあ、お仕事お仕事。
そこを見逃してもらえず、不満顔が二つ並ぶ。
「話逸らさない。姉様、兄様の前ではそっけなかったりするのよくないよ」
「そーだそーだ」
ちっ。なお、妹様はアイリスと同じ年。今年、満21歳となり王籍を抜けたばかりだ。王子も王女もわんさかいると言われる国王陛下だが、予算にも限りはあるのでよほどでない限り臣籍降下している。
ルーベンス様も臣籍降下したいという意思はあるもののもう少し基盤が整ってからと先延ばしにしている。私としては王子様じゃないほうが気楽なのだけど。王族の嫁はなにかとめんどくさい。社交が戦場だ。サロンですでに情報戦は始まっている。話を聞くだけで怯えてしまう。
私はこの場所でのんびりと喧嘩の仲裁をしまくってるほうが性に合うと逃げまくった。
結果、坊ちゃんの片腕として名が売れたのは不本意だったけど。姉御、いつ坊ちゃんに応えてくれるんで? と強面のおっちゃんに詰め寄られたことも、妖艶なお姉さまに坊ちゃんはいい人だから捕まえときなよぉと顎くいされたのも最近のことだ。
あ、うん。別にね、理由なく断ってるわけじゃないからと言い訳している。
「幻滅されそう」
笑顔でスルーも許されず、私は白状することにした。おそらく、これを答えないと仕事が進まない。
「溺愛しているという兄様に限ってない。
むしろ、昔から顔が好きとか言われたらごふっと吐血しそう」
「そうそう」
あの美人に吐血させるわけにもいかない。
というよりなんだそれ。余裕という顔を常にしている男とは思えんな。これもダメあれもダメと反応を見ながら追い詰められてみろ。よく逃げ回ったな三年と思える。
「兄様も姉様の前じゃかっこつけるからなぁ。ロルフが悟り切った顔で、惚気は飽きたと言いだすし」
「そうそう。俺も好きになっちゃいそうなんだけど、どうしてくれると嘆いてた。
いくら姉様でもロルフは渡さないっ!」
「いりません」
ロルフにちょっとぐらっと来る日もあったけど、ヤンデレの四文字が脳裏をよぎれば冷静になる。
ルーベンス様は絶対ダメなヤンデレになる。拉致監禁上等、二度と出さない系。恐ろしいことに周到にやりおおせてしまいそうだ。
ヤンデレ。ダメ絶対。
「坊ちゃんに甘い顔するとぐずぐずになし崩しに、ウェディングベルが鳴り響きそう」
「あってる」
双子の息の合った合いの手に、頭が痛い。わかっててけしかけるのが、頭が痛い。
ラント夫人が中立といって、私の肩を持ってくれるのが幸いだ。檻はちっちゃいとよく見えるの。だから、大き目にねと恐ろしいことを言っていたのは聞かなかったふりをしている。
いつから逃げられると思ってたの? と逃げ出して安心した瞬間に肩ポンされるに違いない。
なんでこんなことに。
「私は私を買い戻してからじゃないとイヤなの。だから、きちんと協力してね」
「はぁい。商船団が吹っ掛けてきたのはここ。適正価格と乖離があるけど、先日嵐があって船が沈んでと聞くとここまで出してもいいかもっていう絶妙さ」
彼女たちの事業の相談役として、小銭を稼いでいる。顧問料はやや上乗せされているが、それはありがたくもらっていた。
「そーいえばー、侯爵、まだいなくなった妻を探しているんだって」
「へ?」
あれから三年と半くらい経っている。
諸事情あり、再婚は出来てないのは知っていたが、いなくなった妻を探している話は聞いたことがない。
私の貴族に関する確かな情報源はルーベンス様か妹様たち、あるいはラント夫人のみだ。あとは話半分に聞いたほうがいい噂だけ。
ということは、ルーベンス様かラント夫人に情報を抜かれていたのだろう。過保護というべきか、利害の問題かは少し微妙である。
「この間、話す機会があって、空気読まないで質問してみたんだ。再婚しないんですか? って。
そしたら、昔妻にひどいことをしたので謝りたいとか言ってた。しょんぼりしていたところをここぞとばかりに、周りの令嬢が慰めていたので撤退したけど。
一部令嬢からサムズアップされた。いい仕事したな、あたし」
そう言いながら彼女は遠い目をしていた。
「奥方を選ぶ気あるのかしら」
「ないかも。案外、本気で姉様が好きだったりして」
寒気がした。
さっさと再婚すれば安心できるのだけど。利益ではなく、気持ちがと言い出しているのだから簡単には行かなさそうだ。
できるだけかき回してもらいたいのよね。とはラント夫人の話だ。派閥争いに目が行っているうちに通してしまいたい法案があり、その根回しが終わるまでは決着はつきそうもない。なんか、いっぱいあるらしい。こそこそと通したいようなものが。
国王陛下もその気になれば、王命で婚約者を決めることもできるのに妃殿下からの願いをのらりくらりと遠ざけているらしい。
「姉様は、そうだったらついてくの?」
「ありえませんね。
全く、私の家はここでしょう? お母様もいますし、可愛い妹も」
それから、推定旦那様もいるし。
長々と待たせても飽きもせず口説いてくるのだから絆されないわけがない。
……まあ、一目惚れであったかもしれないということは、この先もずっと秘密にしておくつもりだ。